• このエントリーをはてなブックマークに追加
 

 

『昭和の中坊』の舞台は1970年代後半の日本。ネットや携帯電話はもちろん存在せず、ビデオも普及していない。日本一の高層ビル(当時)・池袋のサンシャイン60が建ち、キャンディーズが解散し、TVドラマ「3年B組金八先生」シリーズがスタートした頃のお話だ。
主人公はサエない・モテない”昭和の中坊”たち。まだまだ性に関する情報が閉鎖的な中、少年たちは一体どうしていたのか? 滑稽で懐かしい性の奮闘劇を描いたのが同作品だ。
2014年4月19日に『昭和の中坊』新装版が発売されたことを記念し、原作の末田雄一郎先生と作画の吉本浩二先生に、作品について振り返るとともにご自身の中坊時代について伺った。
[取材・執筆=川俣綾加(マンガナイト)]

▼プロフィール
末田雄一郎
東京都出身。1998年に『つれづれなるがパンク』がアフタヌーン四季賞佳作を受賞しデビュー。『昭和の中坊』(双葉社)、『駅員ジョニー』(講談社)、『蒼太の包丁』(芳文社)など数々のマンガ原作も手掛けている。「漫画ゴラク」で『ハルの肴』を連載中。

吉本浩二
1973年生まれ、富山県出身。代表作に『昭和の中坊』シリーズのほか、『日本をゆっくり走ってみたよ~あの娘のために日本一周~』(双葉社)、『ブラック・ジャック創作秘話 ~手塚治虫の仕事場から~』(秋田書店)など。「@バンチ」で『カツシン』(新潮社)を連載中。

自分が体験した、そのままの昭和をマンガに

吉本浩二先生(左)と末田雄一郎先生(右)

吉本浩二先生(左)と末田雄一郎先生(右)

—— 『昭和の中坊』というマンガは、どのようにしてスタートしましたか?

末田雄一郎さん(以下、末田) 最初は漫画アクション副編集長の平田昌幸さんと吉本浩二先生の間で昭和をテーマにした企画を考えていて、それとは別で僕と平田さんで企画を考えていたんです。僕が考えていた企画が70年代の中学生の話で……。

吉本浩二さん(以下、吉本) 僕と平田さんがダメな「三丁目の夕日」を描こうという話をしていた中、末田さんの企画書を読んですごくピントが定まった感じがしました。偶然にも同じタイミングで昭和を描く企画が上がっていたんです。

末田 僕は僕で事情があってお金を稼がないといけない時期で、色々な出版社に企画書を出していた中の一つ。僕にとってもまさに渡りに船でした。
 

 

吉本 僕と末田さんは一回り年齢が違っていて、僕の中坊を振り返るより少し前の世代を描くほうが、描きがいがありそうだと思いました。僕の頃はすでにビデオはありましたから。

末田 女性の裸が動いてたの!? 僕の頃は「裸の女なんてこの地球上にいるのか?」くらい目にすること無かったですよ。ようやく写真を見れたとしてもあの頃はみんな綿のパンツをはいた上半身だけの裸で、しかもおばちゃんばっかり。それで「ヌード」でしたからね。

—— ニゴシ、滝沢、丸木の主人公3人組はモデルがいるのでしょうか。
右からニゴシ、滝沢、丸木

右からニゴシ、滝沢、丸木

末田 3人組といえばこんなキャラクターかなと企画書の段階でもう決まっていました。ビジュアルをつけてもらってこんなにしっくりくるとは(笑)

吉本 ビジュアルは平田さんとかなり練りました。普段はキャラ設定って描かないんですがこの時は珍しく描いて……どういうやりとりだったかな。

平田昌幸 副編集長(以下、平田) 確か、ニゴシの顔がエロすぎだったのと、頭身を低くして小学生を描くくらいの幼さをお願いました。星野鉄郎(『銀河鉄道999』の主人公)みたいなイメージで行こうと。
漫画アクション 平田昌幸副編集長

漫画アクション 平田昌幸副編集長

末田 その方が当時の中学生にはドンピシャですよね。今の中学生は背も高くて足も長いし顔も小さい。あの頃とは全然別の人類ですよ。僕のイメージの残像にピッタリでした。特に矢島先輩のビジュアルを見た時は「吉本先生は天才だ!」と思いました。

—— 末田先生の中で『昭和の中坊』がどう生まれたのか教えてください。

末田 ちょうどこの連載がスタートした頃ってエロ本の自販機とか無くなっていく最中だったんですよ。「日本にこういう時代があった」という、日本の一つの時代の記憶を残しておきたいと思ったんです。若い人にも読んでもらいたいし、同世代には懐かしんでもらえるような、自分が経験したそのままのことをマンガにしています。
 

 

—— 今ではエロ本の自動販売機や、コンドームの自販機なんて目にしなくなりましたね。

末田 そうなんですよ。もう一つは、別の出版社の担当さんが長野出身の方で、いつも中学や高校時代のバカ話をしていたんですけど、落ちてるエロ本の話になったんです。

平田 昔は色んな所にエロ本が落ちていたもんですよね。

末田 その人が高校生の時、朝の通学途中で川にエロ本が落ちているのを見つけて、わざわざ夜に拾いにいったらしいんです。でも長野の冬の夜だから、川は凍っていて。いったん帰宅して、カナヅチを持ち出して川を割って、氷の塊のまま持ち帰ったらしいんです。

—— すさまじい情熱ですね(笑)

末田 氷をバラして、ページをストーブで乾かしていたら朝が来て、「あれが俺の人生初の校了だった」というんですよ。この話がすごく突き刺さっていて、当時はそれくらいエロ本って貴重なものだった。21世紀になってネットで注文すれば自宅までヌード写真が届くなんて予想だにしませんでしたよ。もう、こういうのを描くだけで作品になると思って、『昭和の中坊』が生まれたんです。


後編では、末田先生・吉本先生お二人のエロ本にまつわるエピソードや作品のネタになった思い出など、中坊時代のお話を伺います!

(=>後編へ続く

関連記事:

関連ニュース

関連まんが