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痛みも喜びも与える群像劇『GUNSLINGER GIRL』
作者・相田裕×『失恋ショコラティエ』水城せとなが「マンガ家脳」で語った魅力

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 1月25日、米沢嘉博記念図書館が主催する「相田裕・水城せとなトークイベント-『GUNSLINGER GIRL』の魅力を語る-」が明治大学で開催された。2012年に15巻で完結した人気作『GUNSLINGER GIRL』の魅力について、作者の相田裕さんと、ドラマでも話題の『失恋ショコラティエ』の水城せとなさんが作家視点で語り合うイベントだ。司会はマンガ研究者である藤本由香里さん(明治大学国際日本学部准教授)が務め、『GUNSLINGER GIRL(以下、ガンスリ)』や『失恋ショコラティエ(以下、失ショコ)』の裏話が次々と明かされた。

主催の米沢嘉博記念図書館では展示会「相田裕『GUNSLINGER GIRL』“改造”と“再生”の10年展」も1月26日まで開かれていた

主催の米沢嘉博記念図書館では展示会「相田裕『GUNSLINGER GIRL』“改造”と“再生”の10年展」も1月26日まで開かれていた


 「かわいい女の子キャラ」が好きな水城さんにとって、ストーリーまで自分好みの『ガンスリ』は「代わるものが思い当たらないぐらい好き」だという。その思い入れは、マンガ家が同業者の作品の魅力を語るイベント「コミナタ漫研」(http://natalie.mu/comic/news/41867)(コミックナタリー主催)で、2010年にゲストとして『ガンスリ』を取り上げたほどだ。こうした経緯も重なって今回のトークイベントは実現した。

■自分の心と距離を置いてキャラを動かす「作家性」
10巻の表紙に描かれているトリエラ(左)とヒルシャー(右)。(C)相田裕/アスキー・メディアワークス

10巻の表紙に描かれているトリエラ(左)とヒルシャー(右)。(C)相田裕/アスキー・メディアワークス


 『ガンスリ』の魅力の1つにあるのが、テロリスト暗殺のためにサイボーグにされた少女(作中、この少女のことを「義体」と呼ぶ)と、その専属担当官(主に成人男性)との多様な人間関係。
 水城さんはイチ読者として、自分の担当官のヒルシャーを健気に思う義体のトリエラを応援していたが、ヒルシャーと女検事・ロベルタが密かに恋愛関係を築いていたことに「本当にショックで!!!」と悲しみを露わに。

 相田さんが「意外ですよね。『失ショコ』の作者がそれを言いますか?」とつっこむと会場は笑いに包まれる。

 どうしてトリエラとヒルシャーは結ばれなかったのか。

 「ヒルシャーはモラルのある男として生きてきたので、少女であるトリエラとの恋愛は考えられなかった」と、相田さんはキャラの性格や人生に基づいて描いた結果だったと説明。

「ヒルシャーって過酷な生き方をしているんです。作者から見てこのキャラクターは救われなさすぎて辛そうだなと。ロベルタは最初から恋人同士にしようと登場させたわけではないのですが、こういう女性が出てきたらヒルシャーも付き合ってしまうだろうし、救われると思いました。描きながら運命が自然と作り上げられてしまったのです」

会場スクリーンに映された、ヒルシャーがロベルタと食事するシーン

会場スクリーンに映された、ヒルシャーがロベルタと食事するシーン


 こうしてキャラを理屈立てて動かすことは、水城さんの作品からも伝わってくると指摘。キャラと自分をシンクロさせずに描く「作家性」についても2人は盛り上がる。

水城「キャラクターの言葉が自分の言葉にならないよう気をつけてます。もちろん自分に近いキャラクターがたまたまいれば、自分が普段考えるのと同じことを考えると思うんですけれど。キャラクターってたくさんいて、それぞれに“こういうふうに生まれて育って”って背景があるのに、私の言葉をしゃべらせてはいけないなって」

相田「そこはすごく作家性なんですよね。別にこれだけが正解ってわけではなく、登場人物を自分の分身みたいな気持ちで描くマンガ家さんもいらっしゃるし、それで熱の高まりみたいのが出ておもしろくなる場合もあります。ただキャラクターが作者の代弁者みたいになってしまうとよくない部分もありますよね」

水城「シンクロし過ぎるとつらい話は書けなくなりそう。私がトリエラをヒロインで描いていたとして、トリエラに感情移入、シンクロすると、ヒルシャーさんとロベルタが付き合うところは描けないと思う。だけどここでは付き合うのが人間関係として自然だと思うし、辛くてもこれがおもしろい。自分がシンクロして気持ちのいい話にすれば、読者にとっても痛みのない心地よいお話になるかもしれないですけど、たぶんちょっと話のバリエーションが限られてきます」

相田「僕は独特の距離感がキャラクターとの間にあります。どのキャラクターもすごく思い入れがあって大事なんですけど、このキャラクターはこのキャラクターとして人生をまっとうしたんだなって気持ちもあるんですよね」

 こうした作家性が2人の作品に「痛み」も生み出し、人間模様に富んだ深みのある作品としていることに気付かされる。

■正も誤もない群像劇

13巻表紙に描かれているヘンリエッタ(前)とジョゼ(後)。(C)相田裕/アスキー・メディアワークス

13巻表紙に描かれているヘンリエッタ(前)とジョゼ(後)。(C)相田裕/アスキー・メディアワークス

 担当官のジョゼに恋愛感情を抱く義体・ヘンリエッタに対し、ジョゼは優しく接しながらも亡くした妹の姿を重ねて苦悩する。水城さんは担当官の人間・生き様が義体に反映されていると考察。その上で、ヘンリエッタがラストでとった行動について次のように述べた。

水城「いろいろ考えると、担当官としてジョゼさんが失敗な人だったのでは?」

 ストレートな分析に会場からも笑いが起こった。相田さんも「水城先生だったらジョゼも優しく見てくれるかなーって思っていたのに」と苦笑しつつ、ジョゼにダメな部分があることを認めている。

 ヘンリエッタを戦わせながらも善き兄として接し、その自分の偽善ぶりに罪悪感を抱くジョゼ。水城さんは、このように割り切れなかったり態度がずれたりするジョゼの“ブレ”が義体に伝わり、ヘンリエッタの情緒不安定さに影響を与えたと指摘。

 ジョゼはどうしてブレたのか。

「ジョゼを完全な善良な人として描くことに違和感を持ち始めて、方向がちょっと変わって、より人間臭いキャラクターとして描くようになっていった」と相田さん。『失ショコ』にはダメな人間が批判的ではなく人間の1つの在り方として描かれていて、キャラへの愛を感じると水城さんに共感を示す。そして『失ショコ』に出てくる「正も誤もない、これが恋だ」という言葉を引き合いに出して、ダメな部分もあるのが人間だと語る。

「だから僕は、この決断この価値観が正解だ、というつもりでこの群像劇を描いたのではありません。結果的にそれぞれの物語がこのように落ち着いたのですが、割りとフラットな視線で各キャラクターの生き方を描いたつもりです」

 水城さんもキャラのダメな部分を無理に解決する必要はないという。ヘンリエッタとジョゼの結末に対して「この人達らしい幕引きとして受け止めました」と、キャラがそれぞれが人生をまっとうしたことへの思いを口にした。

 『ガンスリ』はいろんな痛みと喜びを与えてくれる作品で、作り話が痛みと喜びを与えてくれるのは素晴らしいことだと、水城さんはイベント冒頭で称賛していた。人間を正も誤もなくフラットに描いた群像劇だからこそ、『ガンスリ』は痛みも喜びも教えてくれる傑作なのだろう。

■イタリアという舞台――資料集めの苦労

 『ガンスリ』では義体や担当官のアクションやドラマに引き込まれる一方、イタリアという舞台が一種のファンタジーを見せてくれる。イベント前半はストーリーやキャラの話が目立ったのに対し、後半は背景や小道具の話を中心に話が進んだ。

 『ガンスリ』の背景についてヴェネツィアの銃撃戦にスポットが当たる。水城さんがコミナタ漫研(http://natalie.mu/comic/news/41867)で絶賛したのも、サン・マルコ広場へ義体たちが突入するシーンの鳩が飛び立つ描写だ。

スクリーンに映された、サン・マルコ広場への突入シーン

スクリーンに映された、サン・マルコ広場への突入シーン


 相田さんにとってヴェネツィアは「死ぬまで一度は行って欲しい場所」と会場に勧めるほど大好きな街。ただし描くのが大変だったため、作中ではなかなか出番がなかった。物語も後半になってまだ主要都市の中でも描かずに残っていたというのと、銃撃戦の舞台としてかっこいいという思いもあり、「今の僕とアシスタントスタッフならなんとか描けるんじゃないか」と腹を括って描き始めたシーンだったという。

水城「本当に密度の高い素晴らしい戦闘シーンだったと思います。確かに突入したら、そのあたりにいる鳩が飛び立ちますよね、という。ここまで相田先生が想像されていることで、臨場感にあふれていてすごい」

 鳩のインスピレーションは現地イタリアで得たものだった。

相田「このサン・マルコ広場って鳩がほんとに大量にいるんですよ。エサ売りさんから観光客がエサを買って、そしたら鳩がバーっと群がってきて。『天空の城のラピュタ』のシータみたいに、本当鳩まみれになって(笑)すごく印象に残っていたので描いたんです。画的に映えるなって思いましたね。このシーンは静的でありながら動的な感じが出せたなと思います。コマとしてはあまり動きがないんですけど、鳥が飛び立っているっていうのはすごく動的なイメージなので」

水城「鳩がいるといないとでは全然違います。好きなコマです」

 相田さんは執筆では資料集めに苦労したと話す。本を探しても資料として使えるものがないなど、丸一日調べ物をして特に得るものがないこともあるそうだ。水城さんもマンガ家仕事では資料集めにすごく時間かかっていると共感する。

 観光ガイドブックについては、次のように意気投合した。

相田「そういう用途で作られたのではないので当たり前なんですが、観光ガイドブックの写真は夏景色ばかりで、冬にその植物は枯れるのか枯れないのかわからない。気質的にいい加減に描けないんですよね」

水城「常緑樹だとどんな季節でも葉っぱが茂っていないといけないし、枯れているなら枯れている。そこをしっかり描かないと、その場所を描いたってことにならないですね」

 また相田さんは、日本人からすれば日本と中国の風景が判別できるように、「欧米」で一括りにしがちなイタリアにも独自の違いがあると指摘する。

「イタリアにはイタリアの気候があって、植生があって、窓とかのデザインでも色とかイタリア独特のものがちゃんとあるんですよね。取材で実際にイタリアに行くまではわからないことだらけで、ローマに行ってヤシの木も生えてるんだーとびっくりしました」

 鳩の描写1つにしても『ガンスリ』の緻密なイタリアの世界観は、相田さんがたくさんの本を読み、取材を重ね、地道に資料を集めたことによる賜物だった。


■銃器、靴――小道具によるキャラ付け

「キャラクターが持つ銃器はどのように設定されていますか?」

 と来場者からの質問。「銃器は基本的に自分でかっこいいものを選択している」と相田さんは回答する。女の子の小さな手でも持ちやすいものにしたり、ヨーロッパが舞台のためアメリカの武器は基本的に出さなかったりと、縛りもちゃんとかけていたそうだ。

「マニアの人にとってはめちゃくちゃな選択していると思われるかもしれない。あまりリアリティのない、すごく古い、何十年も前の武器を使っていたりするので」

3巻の表紙でウェンチェスター銃を抱えるトリエラ。(C)相田裕/アスキー・メディアワークス

3巻の表紙でウェンチェスター銃を抱えるトリエラ。(C)相田裕/アスキー・メディアワークス


 実際、トリエラが使うウィンチェスターは、第一次世界大戦のときに使われた100年ほど前のものだ。しかしあえて古いことを逆手にとり、マリオ・ボッシがもともと持っていたのがヒルシャーに渡って、さらにトリエラの手に渡ってと、銃器からストーリーを持たせる演出もしたという。

 水城さんは「この道具で戦う、ってことがキャラクター付けにすごく大きかったと思う。ハマるとキャラクターがより立ったり」と、小道具の重要性について語る。自分の作品においても、キャラの服装を理由なくは描いたりしないそうだ。

 『失ショコ』のヒロイン・高橋紗絵子が主人公・小動爽太の店へ出かけるとき、玄関で底の高いサンダルを選ぶコマについて水城さんは次のように解説した。

水城「家を出るとき、最後に選ぶのが靴じゃないですか。その靴を履く理由は必ずあるはずだし、紗絵子さんみたいな人が何も考えないはずはない。やっぱり人とのコミュニケーションをすごく重視している人なので。これを履くと相手から自分はこう見える、というのが自分の生き方の中に自然と入っている人」

 実際このあとのストーリー展開で、いつもより顔を近づけ耳元でささやいてくる紗絵子に対して、爽太は動揺する。

相田「ここはすごいですね。そうきたか!って思いました」

水城「紗絵子さんは意外と無邪気なので、爽太を落とすために高いサンダルを履いて耳元でつぶやくんだっていう考え方よりも、距離を縮めたいな、顔の近くで話したいな、とか思ったんじゃないかなと」

相田「計算というのをあんまり自覚的にはしていないのですね」

水城「結果的にああなっているのであって、それは計算ずくっていうよりも、どうしたい!っていう自分の気持ちがまずある人なんですよね。こうしたいんだ、っていうのをはっきり出す人は、仕事でも恋愛でも結局すべてにおいて勝者になっていくと私は思います」

 靴1つに込めた意図の大きさに津々と聴き入る会場。こうして理屈をもって小道具1つ1つを描くことで、キャラそれぞれの個性が引き立った人間味あふれる作品が生まれている。

■作家として他作品を読むということ

 水城さんはヒルシャーの“浮気”に悲しむような「読者脳」と、鳩の描写に感動するような「作家脳」、どちらの視点も持って他作品も読むのに対し、相田さんは2つの切り替えが苦手で、基本的に「作者脳」で読むという。

相田「仕事でマンガを描くようになって、ちゃんと考えて描かないといけないな……と感じました。勉強のつもりで映画とかマンガとか見たりすると段々と楽しめなくなる、職業病的な辛さはありますよね。でも、ときどきすべてを忘れて没頭してしまうような作品に出会うとすごく嬉しいです」

 キャラを理屈立てて動かすタイプの2人にとって、筋道の立っていないキャラクターの行動などは感情移入しにくくなるのだという。作品のスタイルが確立されるほど、スタイルの違う作品は楽しめなくなる。

 辛さを抱えながらも作家脳で読むのは、2人がマンガに懸ける情熱の表れでもある。

水城「例えば、私が描くならここの途中過程を説明しなきゃって考えちゃうけどいいのかな?とか思いながら読んでることもあるし、でもそれで読者さんがいいって言っているなら、それでもいいんだ……っていうことを学んでいかなきゃいけない」

相田「そう思いますね。行動原理が矛盾していてむちゃくちゃでもその作品に人気があるんだったら、何か理由があるんだと思います」

水城「読者さんも全員がそこに疑問がないわけじゃないかもしれないけど、そういうものを超えてしまう魅力がそこにあるってことですよね。その魅力を見つけていかないといけないし、納得すれば自分のマンガにも取り入れていくべきだなと思います」

相田「日々勉強です。完成形はないですよね?」

水城「ないですね、本当にそう思います」

 「作家脳」で見る両作品の魅力だけでなく、マンガ家という生き方にも感銘を受けることが多かったトークイベント。改めて『GUNSLINGER GIRL』と『失恋ショコラティエ』を読み返すと、その作品の深みに新たな感動を覚えるだろう。

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