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コミティアという場所/マンガの周縁に在りつづけて

左から、マンガ部門審査委員でモデレーターを務めるヤマダトモコさん、中村さん、belne先生、山川先生と初期のコミティアを知る人たちがそろった

左から、マンガ部門審査委員でモデレーターを務めるヤマダトモコさん、中村さん、belne先生、山川先生と初期のコミティアを知る人たちがそろった


西村ツチカ、岩岡ヒサエ、こうの史代、田中相ーー気鋭のマンガ家が商業誌デビューをするきっかけになった、自主制作漫画誌展示即売会、コミティア。「マンガ界に貢献、底上げしてきた」(文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員のみなもと太郎先生)功績で、コミティア実行委員会代表の中村公彦さんは第17回文化庁メディア芸術祭功労賞を受賞した。
なぜコミティアは多くの描き手を集め、読者や編集者との出会いの場になったのだろうか。受賞を記念し2月9日に開かれたシンポジウムでは、その理由の一端が明らかに。先人の切り開いた道を、「面白いマンガが読みたい」という思いを抱えて慎重に進む中村さんを、多くのスタッフや描き手が支えていたのだ。

シンポジウムは、現代のメディア芸術の立役者と、第一線で活躍する特別ゲストを招いて行われる、文化庁メディア芸術祭の一環。コミティアに関するシンポジウム「コミティアという場所/マンガの周縁に在りつづけて」は中村さんの希望で、マンガ家のbelneさんと山川直人さんがゲストとして招かれた。
belne先生、山川先生は中村さんのご指名で登壇することに

belne先生、山川先生は中村さんのご指名で登壇することに


コミティアはマンガの同人誌即売会のひとつ。対象をオリジナル作品
に限定しているところが、コミックマーケットなど二次創作も認めるほかの同人誌の会ともっとも違う特徴だ。ファンというよりも描き手・作り手のためのイベントという側面が強い。

立ち上げは1984年、今からちょうど30年前だ。バブル経済まっただ中で、マンガを読んだり描いたりする人が増加。「より多くの人が同人誌を販売できる場を」というねらいからコミティア開催の話が持ち上がる。中村さんは当時マンガ・アニメ情報誌「ぱふ」編集部で同人誌を紹介するコーナーを担当しており、その縁で発起人らと関わるようになったという。
「ぱふ」でbelne先生が連載していた「やさしいまんがのつくり方」を紹介

「ぱふ」でbelne先生が連載していた「やさしいまんがのつくり方」を紹介


まだインターネットという発表や交流のツールがない時代。マンガの描き手にとってほかの描き手や読者と会える即売会は貴重な場だった。中村さんはしばらく「ぱふ」での編集の仕事と二足の草鞋を履き、コミティアが大きくなったことで専従となった。

なぜ中村さんはこんな途方もない場を運営しようとしたのだろうか。山川さんいわく、「バブル経済で余裕があった」ことも影響しているだろう。 コミティアが始まった当初から、同人誌を販売しつつ運営を支援してきたbelne先生は「中村さんが面白いマンガを読みたいから」と断言する。(事実、中村さんは今でも年4回のコミティアで集まる見本誌をすべて読むそうだ)

「面白いマンガが好き」という情熱と慎重さを兼ね備える中村さん

「面白いマンガが好き」という情熱と慎重さを兼ね備える中村さん


そのため描き手の育成に当初から熱心だった。例えば「コミックワークショップ」。「ぱふ」上で「マンガの描き方」マンガを描いていたbelne先生がその場で参加者に指導するという企画で、中村さんがbelne先生に依頼したもの。これは今でも、新潟など地方のコミティアで続いているという。
コミックワークショップで参加者のレベルを引き上げ

コミックワークショップで参加者のレベルを引き上げ

belne先生は描き手として参加しつつ、中村さんに描き手の立場から助言

belne先生は描き手として参加しつつ、中村さんに描き手の立場から助言


描き手としての立場から、中村さんに助言・叱咤激励・忠告をしたのがbelne先生なら、コミティアの「挑戦」の部分を刺激したのが山川直人先生だ。山川先生が、若者の間で人気のあった小劇場での実験的な演劇を中村さんに紹介したことで「コミティアでもいろいろ実験してみようと思った」という。
これは、東京・飯田橋駅前の商業施設「ラムラ」でのコミティア開催や、マージャン大会や「リアルちゃぶ台返し」などマンガ以外の面白いことをやってもらう「コミティアX」の開催につながった。なんとコミティアXの会場のブースは畳敷き。プラレールを走らせる参加者もいたという。
山川先生は「演劇でも音楽でも映画でも、インディーズというジャンルがある。マンガでもこのインディーズに近い場があってもいいと思った」という。

コミティアに実験的要素を持ち込んだ立役者、山川先生

コミティアに実験的要素を持ち込んだ立役者、山川先生


しかし今のコミティアようにプロへの登竜門というわけではなかったようだ。山川先生曰く「プロになるには、出版社に持ち込むかマンガ家のアシスタントになるか新人賞に応募するか。即売会で作品を発表することは必ずしもプロになるための方法ではなかった」と振り返る。

それが今は、プロを目指す人が通過点の一つとしてコミティアを選ぶようになっている。
なぜムードが変わったのだろうか。その答えはbelne先生が出してくれた。「中村さんがオリジナル作品、創作にこだわってきたから」だ。あくまでオリジナル作品を描いてほしい出版社の編集者からすると、コミティアという場は候補者を探すのにうってつけの舞台なのだ

中村さんは、描き手の反応を見つつ、「商業誌との接点を積極的に作ろうとしてきた」という。「マンガで商業誌と同人誌の区別はつけない」という中村さんにとって、2003年から始めた出張編集部は、描き手の持ち込みを促すと同時に「編集者というプロに同人誌の世界を見せる」(中村さん)と、もう一つの狙いがあったのだ。
「幅広い参加者の受け皿になってよかった」と話す山川先生

「幅広い参加者の受け皿になってよかった」と話す山川先生


開催回数も増え、趣味で同人誌を作る人もプロを目指す人も集まるコミティアはいったい何なのだろうか。この疑問にはシンポジウムでのbelne先生の言葉が一番しっくりくる。「コミティアそのものが、多くのマンガ家が参加する季刊誌」(belne先生)とのこと。belne先生は「あれだけたくさんの創作マンガを描く人が一同に集まる場というのはほかにない」と強調する。

インターネットでマンガを発表し、読者とつながる時代になった現代でも、コミティアにはファンとのリアルな交流を求めて、プロ・アマ問わず描き手が集まる。

3人の話からは、「現実主義者」(belne先生)の中村さんが、岩田次夫さんや米澤嘉博さんら先人に導かれながら、belne先生や山川先生など描き手として「こうあるべき」という主張を伝えることで、バランスよく拡大してきたコミティアの姿が感じられた。
だからこそ中村さんの「今回の賞は、コミティア全体でもらったもの。この先もコミティアを続ける期待が込められていると考えている」という言葉にも納得できる。

今のコミティアは「海外マンガフェスタ」の開催など、コミティアそのものがメディアとなり、新たなマンガカルチャーを発信している。作り手が交流し、刺激しあう場という性格を残しながら、新しいマンガ文化の提唱――例えば、海外マンガ家の参加、アニメーターやイラストレーターの描くマンガ作品の発表――がもっと進むのではないか。描き手が楽しそうにしているコミティアという場には、こんな夢を見たくなる。

文化庁メディア芸術祭の各賞受賞作を展示している国立新美術館の展示室の一角には、今回の功労賞受賞にあわせ、歴代のコミティアのカタログが展示されている。壁に掲げられているのは、ちばてつや先生やコミティア出身マンガ家の寄せ書き。受賞作とあわせて、日本の豊かなマンガ界を支えてきたコミティアの姿を目にしたあ実際にコミティアの会場に足を運んでみてほしい。
[取材・執筆=bookish(マンガナイト)]

【第17回文化庁メディア芸術祭概要】
会期 2014年2月5日(水)~2月16日(日)
主な会場 国立新美術館
※ 2 月 12 日(水)休館
会場時間10:00 ~ 18:00(金曜は20:00まで)
※入場は閉館の30分前まで
入場無料
主催文化庁メディア芸術祭実行委員会
http://j-mediaarts.jp

【COMITIA108】 2014年5月5日(月/祝)
11:00 – 16:00 東京ビッグサイト東4・5・6ホール
http://www.comitia.co.jp


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