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連載当時を知る関係者が語る、名作の舞台裏。そして、手塚治虫の素顔とは・・・?

2014年2月18日までの間、宝塚市立手塚治虫記念館において企画展「ブラック・ジャック創作秘話展」が開催されている。手塚治虫が『ブラック・ジャック』を連載していた頃の制作模様をマンガ化した『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』(作:宮﨑 克、画:吉本浩二)のエピソードを用い、作品および漫画家・手塚治虫の人物像に迫る企画展だ。
手塚治虫の制作現場を関係者の証言から綴る実録コミック『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』は、秋田書店より単行本が第4巻まで刊行された。

手塚治虫の制作現場を関係者の証言から綴る実録コミック『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』は、秋田書店より単行本が第4巻まで刊行された。


■スランプからの脱出! 『ブラック・ジャック』の連載開始

1970年代初め、漫画家生活30周年を迎えた手塚は、『鉄腕アトム』や『リボンの騎士』などそれまでのようなヒット作を発表できずスランプ状態に陥っていた。
そんな中、1973年に「週刊少年チャンピオン」編集長が手塚の最後を看取ろうと始まったのが少年誌初の医療マンガ『ブラック・ジャック』だ。瞬く間に人気を集め、当初は短期の読み切り連載の予定だったが長期連載に切り替わり、5年もの間連載は続いた。復活を果たした手塚は新たな連載を次々と開始し、制作現場は年々多忙になっていった。

■鉛筆描きの途中原稿が伝える、現場の熱気

同展の主な展示は、『ブラック・ジャック創作秘話』の取材で明らかになった手塚の制作エピソードと原稿の紹介だ。制作過程を知る上での重要な資料として、アシスタントへの指示用に使われていた第232話の途中原稿が、完成原稿(複製)とともに展示されている。
『ブラック・ジャック』第232話「虚像」(「週刊少年チャンピオン」1979年4月30日掲載)の完成原稿(複製・上段)と途中原稿(下段)の比較展示。

『ブラック・ジャック』第232話「虚像」(「週刊少年チャンピオン」1979年4月30日掲載)の完成原稿(複製・上段)と途中原稿(下段)の比較展示。

途中原稿は、下描きの後の最初のペン入れで、人物が描かれている。これを基に、アシスタントたちが背景や効果を描きこんでいく。

途中原稿は、下描きの後の最初のペン入れで、人物が描かれている。これを基に、アシスタントたちが背景や効果を描きこんでいく。

途中原稿は連載当時の編集者・伊藤嘉彦氏が個人的に所有していたもの。制作段階の原稿は変更指示が反映される度に、次の指示と混同しないよう破棄されるため、ほとんど資料が残されていない。
このため目にすることが難しい大変貴重なものだ。完成原稿と見比べることで、制作過程をたどることができる。

第232話「虚像」のネタ出しにまつわる伊藤と手塚のエピソードとともに、原稿を鑑賞すると感慨深い。自分にも他人にも妥協を許さなかった手塚の真剣な表情がマンガで再現されている。
伊藤氏の言葉に激怒した手塚のエピソードは『ブラック・ジャック創作秘話』第3話「逆鱗」で語られている。

伊藤氏の言葉に激怒した手塚のエピソードは『ブラック・ジャック創作秘話』第3話「逆鱗」で語られている。

この他にも、アメリカから日本へのフライト中、揺れる機内で必死に原稿を描く手塚の姿や、博多の旅館で三作品を同時並行して描き上げたという逸話が紹介されている。手塚が「マンガの神様」と呼ばれる理由は、優れた作品に対する評価だけでなく良い作品を必死に描こうとする情熱と、膨大な仕事量をこなすプロの技術にもあったといえるだろう。
トピックスとして、手塚がアシスタントに振った無理難題ともいえる制作エピソードや、原稿の進行を管理していた手帳の写真が展示されている。

トピックスとして、手塚がアシスタントに振った無理難題ともいえる制作エピソードや、原稿の進行を管理していた手帳の写真が展示されている。

だがそんな手塚にもお茶目な一面があった。真冬に突然「スイカが食べたい」と言って編集者を困らせたり、「チョコレートがないと原稿が描けない」とごねたりしたという意外なエピソードも紹介されている。過酷な日々をともにした担当編集者やアシスタントは誰もが、手塚との微笑ましいエピソードを自慢げに、そして嬉しそうに語ったという。

■大晦日に描き上げられた、オールスター勢揃いのカラー原画

カラー原画では、『ブラック・ジャック創作秘話』の第13話「一番打者」にも登場する特集号の付録の折込ポスターと、その原画が展示されている。
「手塚治虫人気キャラクター大名鑑」(1976年3月10日増刊 「週刊少年チャンピオン ブラック・ジャック特集号」付録 折込ポスター)

「手塚治虫人気キャラクター大名鑑」(1976年3月10日増刊 「週刊少年チャンピオン ブラック・ジャック特集号」付録 折込ポスター)

壁にかけられている横大判のカラー原画が、ショーケース内の折込ポスターの原版なのだが、ポスターと異なる部分が数カ所ある。実は、折込ポスターの本当の原版は、手塚が誰かに渡してしまったため残されていない。現存しているのは後日改めて描き直された原画なのだ。

比較してみると、折込ポスターの方にはブラック・ジャックが描かれていないが、描き直したカラー原画にはブラック・ジャックが描き足されている。他にも描き足されたキャラクターが数名おり、二つを見比べ間違い探しをするのも面白い。

この原画が完成したのは1975年の大晦日だった。予定の締め切りを大幅に過ぎていたため、担当編集者は年末年始をプロダクションで過ごし完成を待っていた。手塚作品のキャラクターたちが行進しているイラストで、これを受け取った編集者は、後に「これが一番好きな原稿だ」と語ったという。

■次世代に受け継がれる「ブラック・ジャック」の物語

このように、手塚の圧倒的な情熱で周囲を巻き込みながら創られた『ブラック・ジャック』は、多くの読者や作家に大きな影響を与えている。「週刊少年チャンピオン」で連載が始まってから40年が経った現在、次世代の漫画家たちによって新たな『ブラック・ジャック』が生み出されている。企画展の最終部では「新たに広がるブラック・ジャック」と題して、原作から派生した『ブラック・ジャック』作品が紹介されている。
吉富昭仁による『ブラック・ジャックB・J×bj』(秋田書店)の直筆原稿2点とサイン入り色紙が展示されている。

吉富昭仁による『ブラック・ジャックB・J×bj』(秋田書店)の直筆原稿2点とサイン入り色紙が展示されている。

「ヤングチャンピオン」で連載されている『ヤング ブラック・ジャック』(秋田書店)の作者、田畑由秋と大熊ゆうごのトークショーが同館で行われた際には参加希望者が殺到し、予約はわずか1時間で満席。しかも参加者のほとんどが女性だったという。『ヤング ブラック・ジャック』はブラック・ジャックの若い頃の物語。原作とは異なる年齢設定や繊細なタッチの絵柄が、新たなファン層を開拓しているようだ。
『ヤング ブラック・ジャック』の直筆原稿2点とサイン入り色紙。単行本は4巻まで発売されている。

『ヤング ブラック・ジャック』の直筆原稿2点とサイン入り色紙。単行本は4巻まで発売されている。

また『ブラック・ジャックREAL~感動の医療体験談~』(秋田書店)では、かつて手塚のアシスタントを務めた6名の漫画家が医療現場で起こった実話をもとに『ブラック・ジャック』のオリジナルストーリーを描いている。こうした、作品の二次利用によるアプローチは今後も新たなファンの獲得につながるだろう。
連載中、手塚のアシスタントをしていた石坂 啓、小谷憲一、わたべ淳、高見まこ、三浦みつる、堀田あきお。彼らの直筆原稿とサイン色紙が展示された。

連載中、手塚のアシスタントをしていた石坂 啓、小谷憲一、わたべ淳、高見まこ、三浦みつる、堀田あきお。彼らの直筆原稿とサイン色紙が展示された。

記念館によれば、手塚作品の中でも「『ブラック・ジャック』が一番好きな作品」と語る来館者は少なくないという。新しい作品が次々に発表される一方で忘れ去られるスピードも速くなった今の時代もなお、手塚治虫の『ブラック・ジャック』はファンを魅了し続け新たな創作の糧にもなっている。その理由は、40年前の制作現場で手塚をはじめとした関係者らが一枚一枚の原稿に命を懸け、作品を作り上げたからではないだろうか。作品にまつわる周辺事情を明らかにすることで、作家自身と作品の新たな魅力を発信する意欲的な企画展だった。

[松田はる菜]

■開催概要
<会 場> 宝塚市立手塚治虫記念館(兵庫県宝塚市武庫川町7-65)
<会 期> 2013年11月1日(金)~2014年2月18日(火)
<休館日> 毎週水曜日
<入館料>大人700円、中高生300円、小学生100円
<HP> http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/tezuka/

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