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「突き指パンダ」のライブと伝説のトークショーを君は知っているか!?

葉月京先生

今回話しを伺った葉月京先生

マルチな才能を発揮する葉月京先生のライブ体験。

ふと誘われて訪れたライブ会場のボーカリストさん。
何処かで見たことのある方だな……と思っていたら、葉月京先生じゃありませんか?!
漫画にとどまらず、マルチな才能を精力的に多方面に向けて走り続ける葉月先生にその活動について聞きました。

–まずは先生の音楽活動について教えてください

現在「突き指パンダ」というユニットを声優の宇和川恵美さんと一緒にやっています。私が高校~大学生の作詞作曲した作品から選曲してます。

–先生と音楽の出会いは?

もともとイルカの「なごり雪」の弾き語りがしたくて中学の時にギター部に入り、高校の時には「アンジェラ」というフォークデュオを結成していました。密かにファンクラブもあったようです(笑)
その頃はミュージシャンを目指して数回オーディションに応募しました。「読売テレビ」主催のバンド系の番組や、ポプコンに応募したりしていましたね。応募数800中の30位までには残れたのですが、それから先にはなかなか進めませんでした。結局13~26才まで音楽を続けましたので結構長い間やっていました。
“アンジェラ”活動時の葉月先生

“アンジェラ”活動時の葉月先生


–宇和川さんとの出会いの経緯を教えてください

宇和川恵美さんとは6年前、関西テレビの「フジヤマ☆スタア」という番組をきっかけに仲良くなりました。

ある日、私の大学の同級生が経営していたライブハウスに宇和川さんと一緒に遊びに行った時、別の同級生から「お前らバンドやれば?」と言われて。今思えばその一言でその気になっちゃって「一緒に音楽しよ!」ってなったわけです。

–先生はこのバンド活動で児童施設などにも訪問されていると聞きました

いつも私は「何か自分が社会に貢献出来ることは無いか」と考えていました。特に子ども達に向けての「何か」が無いかと。

それを仲良くさせていただいている本そういち先生に相談し、立ち上げたのが「Be Smile Project」 です。このプロジェクトは漫画家による子どもへの支援活動がメインで、基本的には「漫画を通じて、子どもたちに笑顔を送りたい」というコンセプトではじまりました。

最初は有志の漫画家先生方からご自身の作品の色紙をいただいて、オークションで集まった資金を元にいろんな児童施設などに出向いては、子どもたちと一緒にお絵かきしたり、遊んだりしてました。地元の自衛隊の方に協力を得て、プロ野球選手の「大家友和さん」をお連れして、子どもたちと野球大会をしたこともあります。ちなみに私は三振でしたが、声優として参加してくれた恵美さんはヒットを打ったんですよ。バットを持ったまま1塁まで走ってましたけど(笑)。時には「突き指パンダ」で出向いて、子どもたちの前でライブをしたこともあります。皆一緒に歌ってくれて、すごく感動したのを覚えています。何度か訪れる内に子どもたちがどんどんなついてきてくれるのが嬉しかったですね。中には漫画を描き始める子もいて。

この活動は今、私が大阪に戻ったこともあり、本先生に全てお願いしています。
“突き指パンダ”のライブの模様

“突き指パンダ”のライブの模様


–なるほど!他にも先生は漫画家になる前に、色々な仕事を経験しているとお伺いしました

今NHKでは「あまちゃん」が大人気のようですが、私も海女経験があります(笑)。母方の実家がリアル海女一家だったので、3歳くらいの頃から仕込まれて、アワビやサザエなんかを採っていましたね。その他は、ウェイトレス、DJ、レンタカーの回送員をして日本全国津々浦々回ったり、「神戸ベストドレッサーズ大賞」というオーディションに応募したのがきっかけでモデルの仕事もしたことがあります。その時なんとグランプリをとってしまい、その副賞がハワイ旅行とモデル事務所所属権だったんですよ。売れませんでしたけどね(笑)。とにかくここには書ききれない位色々やりましたよ。ちなみに今は私の娘がモデルの修行中です。

–その頃は漫画家になろうとは?

全然考えていませんでした。
そうそう、当時の面白かった仕事の一つに環境分析がありました。理系でもない素人な私が危険な薬品を取り扱ってましたね。今考えると恐ろしい(笑)。他に某大手電力会社の原発のPRビデオの制作をした時の話ですが、原子炉建家の中に撮影に入ったり、特殊相対性理論などを勉強したりして、頭がパンクしそうでした。危険な割に前者は時給480円、後者は時給800円でした(笑)

–その後に漫画家としての活動が始まるのですね?

元々漫画制作会社で会社案内や取り扱いマニュアルなどを描く仕事をしていました。
一旦は結婚を機に引退して専業主婦になったのですが、どうも夫の稼ぎが良くなくて(笑)。家計の足しに、と再びイラストや絵コンテの仕事を内職でやり始めたんです。その頃の友人に同人誌を出してる子がいて、「某人気漫画のちょいHな漫画を寄稿して欲しい」と頼まれたんです。それで、8pほど描いた漫画がたまたま「桜桃書房」の編集さんの目に止まり、正式に漫画家としてデビューすることになったんですよね。いわゆる18禁ですけど。かなり遅めのデビューでした。「人生ってどうなるのかわからないものだな」と思いました。

色々なご経験と面白い話の内容に、思わず編集部も身を乗り出して色々きいてしまいました。

–ところで今回葉月先生がやっておられた伝説のトークショー「漫力」復活の声がとても多いと聞きました

正直再開の要望がすごく多いんですよ。
元々は大阪で作家の竹内義和さんと飲んでいて「漫画家のトークショーって面白そう!やろう!」と、軽いノリで始まり……。それで仲良しのTHE SEIJI先生を誘って「漫画家の居酒屋トークをお客さんの前でやる」的なゆるさで、最初は客もまばらな中、「漫力」第一回目が大阪は日本橋の地下で行われたんです。下ネタばかりだったけど楽しかったなぁ(笑)。その内漫才師のアメリカザリガニ(松竹)が司会進行してくれたりと、どんどん周囲を巻き込んで大きくなって行ったんですよね。今思えばすごい漫画家さんがいっぱい友達つながりで出てくれた、伝説のトークライブでした。その内私が限界を感じて(笑)今はストップしています。

でも年に1,2回であればまたやりたいな、と思っていますよ。手配、準備、あとはWEBを作ってくれる人がいれば!ですけど。もちろん私は見る側です(笑)。


※お送りした葉月先生のインタビューいかがでしたか?
漫画という表現方法にとどまらず、音楽やトークショー時にはニコニコ会議で司会したりもしている葉月先生ですが、本当に多方面に勢力的に参加したり、アイデアを出したりされる力に驚きます。また周囲を巻き込む影響力も半端じゃ無いです!記者Tは今回全体を通してそうした人間力を学ばせていただきました!本当にありがとうございました。

最後に葉月先生!お時間いただきありがとうございました!

葉月京先生プロフィール


大阪府高槻市出身。
キノコと蝶と阪神タイガース(特に金本アニキ)をこよなく愛するシングルマザー。
プロのミュージシャンを目指しバンド活動をしていたがその後、海女やモデル、トラック運転手、水商売など様々な仕事を経験し、その後に漫画家となる。
1999年、デビュー作「恋愛ジャンキー」(全26巻)をヤングチャンピオンにて発表。繊細なキャラの心理描写は他の恋愛マンガにはない魅力を発し大ヒットした。漫画以外にも幅広く活動しており、作家の竹内義和氏と共に漫画家ぶっちゃけトークショー「漫力」などのイベントをする一方、JK21の歌う阪神球団承認応援歌「WIN!WIN!タイガース」(2008年)や「アメリカ村BONダンス」(2009年)の作詞を手掛ける。
2009年夏には本人原作の「イヌネコ。」が映画化した。


~葉月先生の活動がわかるHPはこちら~
葉月先生のオフィシャルサイト:atelier sava ~hatsuki kyo~
葉月先生が活動するバンド:突き指パンダオフィシャルサイト
葉月先生が応援する:Be Smile Project

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編集長より

「葉月先生に感謝する編集長」


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