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『うつヌケ』を描く意味

手塚:『うつヌケ』の話を聞きたかったんです。今までとまったく違う、「人間の鬱」をテーマにした漫画を描こうと思ったきっかけはなんでしょうか?

田中:きっかけは、自分が鬱になって初めて、「鬱って、周囲からこんなに理解されないものなんだ」と思ったからです。 ゲーム会社で働いていた頃、部下が鬱になってしまったことがあって、僕は一生懸命励ましたのにもかかわらず彼は辞めてしまったんですね。自分はこんなに励ましたのに、受け取ってもらえないのかと、当時思っていたことがありました。 でも、自分が経験して初めて、励ましたらだめだ、そんなことしたら辞めるよ、と思いました。

例えば、心臓病が無いとされている世界で心臓病の子どもが一生懸命走るんだけど、他の子に追いつけない。周りは「何をさぼっているんだ。みんな全力疾走しているのに、なぜお前はしないの?」と思われてしまう、といったことを想像してもらえば理解できると思います。本人は頑張って仕事しているつもりなのに全然できない。 「新型鬱」というものもあって、それは自分が好きなことをやっているときは、症状が現れない。嫌なことをやると鬱になってしまう。いまだにそれを聞いた多くの人は、それって単なる甘えじゃない?という感想を持つんです。でも鬱を経験した人間は、その鬱の気持ちが凄くわかるんです。だから、漫画でわかりやすく、彼らはこんな風に苦しんでいるんだと、自分の体験談を下に描かないと、わかってもらえないと思ったんです。

鬱を題材にした過去の漫画作品も読みましたが、経験者の自分からすると、もうちょっと本質を描いてほしいと思うことがありました。鬱の人たちが、何に苦しんでいるかというところを、鬱じゃない人にわからせないと理解が及ばないんだと思ったんですよね。
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手塚:『ペンと箸』もそうですが、普段はギャグ漫画を描いているのに、徹底して真面目に描くことへの抵抗はなかったのですか。

田中:ギャグで描いてしまうと伝わりにくいし、笑わせるために描くわけではないので目的が違うんです。目的は二つあって、健常者の人に鬱がどういうものか知ってもらい、その上で接してほしいというのと、今、鬱の渦中にある人に、自分に当てはまるものを見つけてもらって、こうやって鬱から抜けましたというエピソードから自分に近いケースを見つけてもらえればと思って描きました。

手塚:医師の判断ではなくて、実体験した生活のなかから、どうやって戦って、抜け出したのかを描こうとされたんですね。

田中:漫画を描くときに気をつけたのは、こうしたら鬱が治るということは、描かないようにしていますね。医師ではないので。 いろいろな人のケースをできるだけ誇張しないで、このケースは自分と似てるから、こう治療したらいいのかなと、見つけるのは読者自身というスタンスです。

手塚:鬱の表現は吾妻ひでお先生を意識したのかなと思いましたが?

田中:吾妻さんの『失踪日記』を読んだときに、とんでもない悲惨なことを軽いタッチで描かれている、そして自分自身をすごく俯瞰して見ている、と感じました。 例えば、鬱の表現手法もホラー漫画っぽく黒い渦巻きとかで描いてしまうと、鬱の渦中にいる人は読みたくないじゃないですか。できるだけその抵抗をなくすためには、鬱というものを丸っこいキャラにしようと意識しました。

手塚:ここ最近、下品なものも描きながら、“白い田中圭一”さんが増えてきている気がするんですが、なぜなんですか。 読者のためにとか、伝え残さないとならないとか、どうしちゃったのかなと思います。

田中:一番大きいのは、鬱を抜けたからですね。精神状態が普通に戻ってきたので。 鬱の渦中にあるときは、いつまで続くんだろうと思っていて、そこから抜けられると思ったときの安心感は半端ないんですよね。 『うつヌケ』に関しては、自分が抜け出せたんだから、今、渦中にいる人に向けて、抜けられるよということを伝えたい。そういう使命感はあって、それを伝えたかった。

もう五十歳を過ぎて、仕事を続けながら描ける枚数というのは何枚なんだろうと考えると、単行本で十数冊程度なんですよ。仕事をやれる体力も集中力も落ちてきて、病気になるかもしれない。やりたいアイディアは、それこそバーゲンするくらいあるので、どれを描いて、どれを諦めるか、そろそろ考えていかなければいけない歳なんです。

手塚:手塚治虫も晩年になればれるほど、使命感が出てくるんですよ。自分がやってきたことのなかで、伝えていかないといけないと、とくに戦争体験を描こうとか話そうとしていましたね。次の世代に、ちゃんと伝えないと、という思いがあるんですよ。

田中:『ペンと箸』に関しては、完全にイレギュラーなんです。そもそも“綺麗な田中圭一”といった感じでやるつもりはなかったんですよ。「ぐるなび」でやっているので、ただ漫画家さんの娘さんや息子さんはお父さんをどう見ているのかと、どんな好物が好きなのと。その中でお話を聞いていると結構いい話がくるんですよ。 ところが、皆さん父親をすごくリスペクトしていて、インタビューをして、描く時にどのエピソードをカットして、どれを残すといった構成をするんですけど、いい話・泣ける話がたくさんあるので、それは残さないといけないと考えた結果、泣ける話になってしまったんです。

あれを描いていると、いつの間にか、“綺麗な田中圭一”とか言われていますけど、意図したものではないんです。 例えば、赤塚不二夫先生の回は取材時に笑えるエピソードがたくさんあったんですが、その中でも赤塚先生のお葬式のときの、赤塚りえ子さんのエピソードは外せなかった。落ち込みのどん底にいたけれど、自分のお父さんの漫画を読んで笑えたことで、気持ちが一気に楽になったと。それはまぎれもない事実で、脚色する必要がない。実話ってこんなにすごいんだと思いましたね。


これから目指す作品
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田中:さっきの、「死ぬまでに残したい作品」のいくつかには、他の人が誰もやっていないだろう的なものはあるんですよ。 一つばらしてしまうと、手塚先生はディズニーを観て「あんなの創りたいな」と紙に描きはじめたのが、『新宝島』であり『メトロポリス』であり、初期の手塚治虫の作品ですよね。同じ論法で今、作るとしたら、ピクサーのアニメだろうと思っていて、アレを紙に落とすとしたら、何だろうと考えたんですよ。今であれば、モデリングして、表情づけをして、レンダリングしたものを画像として貼っていく。まるでピクサーが新作を作ったようなマンガ作品。

手塚:ディズニーの最新作(『トゥモローランド』)は『メトロポリス』みたいな雰囲気でした。

田中:『ベイマックス』だったり、『トイストーリー』だったり、最近ちょっとディズニーは日本テイストのものが多いですね。 最近のディズニーは話題になるのであれば、ネット上のちょっとしたパロディは宣伝広告と思っているみたいな節があるんです(あくまで田中圭一が個人的に感じていることですが)。そういう風潮で版元がパロディに寛容になっているのであれば、これからは、版元にちゃんと許諾をとって許される範囲でパロディをしていくという手もあるんじゃないかと思うんです。 リスペクトがあって、そのうえでパロディをやっていくという生き方もあるので、パロディ本がファンブックとして版元にもファンにも認めてくれるという風土を作って生きたいですね。それで、著作権の非親告罪化が成ったとしても、パロディも本家の作品を押し上げていくものになるという理解をしてくれる。それが着地点なのかなと思いますね。自分勝手な意見ですけれど。

手塚:私は、田中さんの作品を通して、手塚治虫に関心を持ってもらう人もいると思うので、これからも黙認しようかと。決して公認ではなく。むしろヘタに公認感をだしてしまっては、自由に描けなくなってしまいますからね。

もちろん度が過ぎれば、チクリと言います。そこがきちんとできていれば、いまの状況でいいと思います。

手塚プロダクションも、『ブラック・ジャック』を色々な作家にリメイクさせたりもしていますし、漫画ファンにどんなアプローチをするのかについては柔軟性をもたせています。だから逆に絵がそっくりに描ける田中さんだからこそできるアプローチもあると思うんです。 ただ既存のキャラクターをいじるというのは面白くないので、それ以外の方法はないかなと考えています。


田中圭一の原画展

手塚:四月五日に『田中圭一最低漫画全集 神罰1.1』が発売になりますね。個展の話もありましたが、どうなりましたか?

田中:他の人の版権ものは展示に出せないと思うんですよ。現実的な着地点として、『ペンと箸』を単行本にして、原画展といった形でやろうかなと思っています。

手塚:それ、大人しすぎませんか?

田中:じゃあ展示会場にレンタルビデオ屋のアダルトコーナーのように暖簾があって、その先に行くと本来なら展示してはいけないものがあって、という形にしますか。

手塚:表から見えないようにしておけば。表は『ペンと箸』にしておいて、中に入ると、版権ものがある。私も手塚プロダクションの立場としては、公認はできないので、「知らなかった」という体裁でいますから、一週間くらいならやってしまうのもありです。

田中:いいですね、部屋を二重構造にしてやってみます(笑)

手塚:楽しみにしています。本日はありがとうございました。

田中:ありがとうございました。
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【田中 圭一 プロフィール】
お下劣サイテーパロディー漫画家。そして会社員。 代表作は「ドクター秩父山」「神罰―田中圭一最低漫画全集」。現在はぐるなびにて漫画家とその子供との〈食〉にまつわるエピソードを描いた「ペンと箸 -漫画家の好物-」、 自らのうつ病脱出体験をベースに同様にうつ病からの脱出に成功した人たちをレポートする画期的なドキュメンタリー「うつヌケ 〜うつトンネルを抜けた人たち〜」を連載中。

【手塚るみ子 プロフィール】
プランニングプロデューサー。 東京都出身。広告代理店を経て、手塚作品をもとに独自の企画を創作するプランナーとして活動。音楽レーベルMusicRobita主宰。 手塚プロダクション取締役。父は漫画家の手塚治虫。著作に「オサムシに伝えて」、「ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘」等。


 [執筆・撮影・木瀬谷カチエ/近藤哲也]

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