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手塚治虫リスペクト
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手塚:話は変わりますが、そもそも他の作家さんのパロディをやってしまえと思ったきっかけというのは、何だったのでしょうか。

田中:ボクは劇画っぽい画風でバブルの時代にブレイクして、九〇年代の真ん中くらいまでは、漫画界の片隅にいることができたんですが、それ以降になると自分の漫画が飽きられて売れなくなってきたんです。当時の編集さんに「この絵じゃだめだよ」と言われ、絵柄を変えようといろいろ試しました。アメコミだったり、アニメぽい絵とか、色々と試しました。でも、描いていても何か違うという違和感はありました。

アメコミは、劇画っぽくやっていたものの延長でしかなくて、大きな変換点にはならなかったですし、アニメっぽい絵は、トレンドだったので多くの人が描いていて、そこに埋没してしまうし、と。 うまくいかず、行き詰っていました。僕の(当時の)嫁さんは手塚ファンだったので、そこで、改めて嫁さんが持っている手塚治虫全集を読んでみて、この絵は今の時代(90年代のなかば)にあって、古いどころか新鮮で魅力的じゃないか、と思ったんです。

90年代なかば、という時代は手塚先生が亡くなられて、そこそこ年月が経っていました。その頃には、手塚タッチを描く人がまったくいなかったのですが、僕らの根っこには、世代的にあの絵があるんですよ。 バブルの手前くらいに、目の中に炎が燃える描写とか、熱血スポコン漫画をちゃかす風潮があったんですが、その対象に手塚さんの絵はなってもいなかった。それはみんなの根っこに深いリスペクトがあるからだと思うんです。ときどき僕は手塚タッチでギャグを描くと、「手塚治虫をバカにしてる」とか「確固たる権威を貶めることで貴方のアイデンティティーがあるんですよね」と言われるのですが、それは誤解です。 あの絵がよいと思って、真似ているということに、みんなあまりスポットを当ててくれないんですよ。

手塚:アンチ田中圭一の人はそうでしょうね。神を汚してとか思われてる。私は、田中先生がほんとに手塚治虫をリスペクトしているというのを知っているからこそ、応援したいなと思っているのですよ。

田中:当時の僕は、そうとうストレスが溜まっていたので。ついに甲状腺の病気にかかってしまって、そうなると指先が震えるんですよ。漫画家にとって指が震えるって、致命的なんです。線を描いていても震えてしまって。マニアの人には「それは晩年の手塚治虫を意識しているんですね」と思われて。「いえいえ、病気なんです」と、そういうこともありました(笑)。

手塚:読者の方や編集さんに手塚治虫タッチのギャグを出したときにどのような反応だったんですか。怖い手塚プロから何か言われるんじゃないかとか、ありましたか?

田中:版元から何か言われるんじゃないかという以前に、編集側から「手塚さんは神様なので、触ってくれるな」というのはありました。

手塚:当時はタッチのみ描いていたんですよね。これどう見ても手塚治虫の絵っぽい、というだけですよね。

田中:著作権には触れないグレーゾーンではあると、編集さんには言われましたね。 それ以上に、編集さんには「僕たちの手塚さんになんてことをするんだ」という気持ちがあって、自分のやりたいことは理解されないなという感じはあったんです。

大手の出版社からは「絵柄を別のタッチに変えないと原稿依頼はできない。」と言われました。個人的にはもっとマイナーな雑誌でもいいので、この路線で続けたいという確固たる決意ができていたので、写真投稿誌からマンガの依頼が来たときに、その路線で連載させてもらいました。雑誌の大小ではなく、自分のこの路線はやめたくないなと思ったので。

手塚:どこに載せるではなく、この路線で載せてくれるところに行く形ですね。

田中:商売と考えてしまうと、大部数刷っているところで、連載を持つほうがいいことなのに、自分は金を儲けるためではなく、これを描きたいから描いているんだ、自分は職人なんだ、と思いましたね。一ページごとに手塚タッチがうまくなっているなというところに、妙なエクスタシーを感じるわけですよ。

手塚:そう簡単に辞められないわけですよね。

田中:“白い自分”が、「何やってんだ」と言うんですが、“黒い自分”が「ここまで来たんだから、中途半端で辞めてどうするんだ」と言うんです。

手塚:手塚治虫のタッチを、作風や時代まで理解して描いている方というのは、他にあまりいないですからね。

田中:小説家志望の人は「好きな作家さんの文章を模写しろ」と言われますよね。その作家さんが、どこで休憩入れたとか、どこで息継ぎをしたとかがわかるそうなんです。それと同じで、手塚さんはこの時代、こう絵が変化したのは、たぶんこの影響かなとか、この線はきっとこの漫画から取ってきたのかなとか思えて、もの凄く繋がりみたいなものが見えてくるんですね。

手塚:絵の好きな人は誰かしらの模写をしていると思うんですが、どこで一拍入れたとか、勢いで描いたとかが、やればやるほど勉強になりますよね。

田中:そうですね。僕もディズニーまでさかのぼりましたからね。手塚先生はやっぱり、ディズニーの『バンビ』を観て、『ピノキオ』を観て、『白雪姫』を観ていましたから、手塚キャラクターの原点というべき記号がたくさんありますね。ディズニーキャラクターには。鼻が大きくまん丸いのは、七人の小人から来ていますし。

『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』(宮崎克:原作/吉本浩二:漫画)で、アニメを作ってた頃の手塚治虫は絵が歪んできたなと思ったら『バンビ』の模写をしていたいうのを読んで、その気持ちは凄くわかりました。ディズニーがベースだという思いがあるんですよね。僕にとって、それが手塚治虫さんなんですよ。自分の絵が歪んできたなと思ったら、必ず戻って手塚さんの絵の模写をしています。

手塚:田中先生はさまざまな作家さんの絵を真似て描いているじゃないですか。そのうち自分の絵のタッチが解らなくならないのかなと思うんですが、例えば、さんざん松本零士さんの絵柄で描いて急に手塚タッチを描いたりすることがあるじゃないですか。すると、以前の手塚の絵じゃない、いろいろな作家の方の要素が入ってしまっているなと思いますね。

田中:引っぱられちゃってますかね。そのときは必ず、模写するんですよ。自分が一番好きだった『ブラックジャック』と『三つ目がとおる』を模写します。
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『ペンと箸』の苦労 描くことで見えてくるもの

手塚:『ぐるなび』で連載中の『ペンと箸』では、毎回いろいろな作家さんの絵のタッチで漫画を描かれてますが、あれはどうやって習得しているんですか?

田中:描き直し、描き直ししているんですよ。原画を見てもらえばわかると思うのですが、今は、デジタル処理で、この顔が違ったら、ここだけ描き直して、というのができるんです。 この前の池上遼一さんのはとんでもない数を描きました。普段の倍くらい時間かかりましたね。

手塚:インタビューを漫画化するうえ、すごく振り幅の広い絵を習得して描かなければいけないわけですからね。

田中:あの作品は取材先ありきですからね。描いていて楽しいは楽しいですよ。目の位置が一ミリでも違ったら別物に見えてしまうレベルで、池上遼一さんと江口寿史さんは苦労しました。

手塚:確かに江口さんの絵には苦労されてたようですね。ギャグタッチはまだ描けてるじゃないですか。でも精根こめて描かれた可愛い女の子の絵は真似できないですよね。

田中:あの方々はそれで食っているわけだから、当然おいそれと真似できないですよ。例えば美空ひばりの歌真似の人は、やっぱり歌真似じゃないですか。あれ?ひょっとして美空ひばり本人が歌ってるんじゃない? とは、ならないですよね。歌手なら美空ひばりレベルのマンガ家さんたちですから。いかに特徴を見つけて、それを誇張して、どことなく似ているように見せることですよね。

手塚:贋作ではなく、パロディですからね。寸分違わずじゃなくて、誰々のタッチだとみんなが気づけばいいわけですよね。ちなみに反響がよくなかったのはどの回ですか。

田中:山本直樹さんが、似てないって言われました。 あの方は古いMacのソフトで均質な線で描くんですよ。アナログじゃないんです。あれをとにかく再現できないかと思ったんですけど、今のマンガ制作ソフト「ComicStudio」では、古いMacのソフトで書かれた線は出せないんですよ。しょうがなくアナログに切り替えてペンのコントロールで描いたんですけれど。 道具が違う時点で似てない、となってしまうんです。そっくりに描くのは絶対無理なんですよ。 最終的にカラーの原稿の中に、モノクロでお嬢さんのアップを描いて、ドットの荒いトーンを使ったので、全体的に山本直樹さんという風にしたことで、乗り切ろうと思いました。

手塚:ジョージ秋山さんは?

田中:ジョージ秋山さんは苦労しなかったんですよ。 ジョージさんの根本は、石ノ森章太郎さんの絵のバランスと似てるなと思って、そうした直系のものは経験上なんとかなるんです。

手塚:ジョージさんはその系列なんですか。

田中:師匠弟子筋ではないけれど、描いているとバランスが似てるんです。ジョージさんがデビューした頃は石ノ森さんが全盛の頃で、やっぱりその頃模写していたのでは?という気がするんですよね。 『ペンと箸』の毎回毎回の模写は、苦しいんですけれど、この流れだとか直系でこう繋がっているなというのはわかるんですよ。このエクスタシーはやった人にしかわからないですからね。

手塚:描くことによってわかるんですね。

田中:清水ミチコさんが「モノマネどうやるんですか」と聞かれたときに、「あの人の声はこの人の声をこう変えるとできる、と分析するんだ」とおっしゃっていて、それをペンでやるんです。

手塚:真似られて笑って許せる人と、怒ってしまう人がいますよね。今のところ怒る人はいないですか?

田中:依頼の段階で、今までの原稿を見せて、こういったものが描かれますよ、というのも折り込み済みでOKをもらっています。

手塚:松本零士先生にはどうして、あそこまで受け入れられているんですか。いつも一緒に写っている写真を見ると、先生の目は笑っていないのだけど(笑)。

田中:あれは松本先生のファンクラブを主催している方が、僕のファンで一度松本先生とボクを引き合わせたいと、僕も何かの折には、お詫びに行かなければと思っていたので、繋いでくださいとお願いしました。 でも、松本先生は僕のこと同人作家と思っていたのかな。「これ君が描いたの、似てるね」と言われて。 松本先生は筋を通す人。ですから、ちゃんと挨拶をして、間に入ってくれた人が凄く親切でフォローしてくれたので、松本先生とはうまくやれていますね。 『ペンと箸』を松本先生に依頼に行ったとき、過去作を見てもらって、凄く褒めてもらえましたね。 事情があって、実現はしなかったのですが「別の機会があれば協力しますよ」と、丁寧に言ってくださり。「人間ができているな、この人は」と思いましたね。

手塚:あのクラスの先生方は、漫画に対するリスペクトがあるので、許容範囲が凄く広くて、その自由さも漫画だという思いがあるから認めているんじゃないでしょうか。うちの父親だって、いろいろなパロディを描いていたし、社会悪のようなものや下品なものも描いてきて、それを許されていたからこそここまで来られた、というのがあると思うので。

田中:そこは凄く理解されているなと思いますし、僕のポリシーとしても中途半端はいけないと思っています。

手塚:大阪のパロディ文化でバッタものがたくさんありますよね。以前「サザエボン」(1995年頃に流行した無許可で「サザエさん」と「元祖天才バカボン」をコラボさせた商品)がもの凄くヒットした時に、赤塚不二夫先生が「著作権的にはいけないことだけれど、俺これ好きだよ」と仰っていた。やっぱり漫画家はこうあるべきですよ。あれこれ規範を作ってしまうと、漫画自体が不自由になってしまう。

田中:フランスなんかだと、パロディはパロディとして認められているところがあるので、僕が言うのはおこがましいのですが、貶められることで、売り上げが下がるということはないんですよね。 「田中さんは版元から文句言われたら戦うんでしょ」と言われることはありますが、そんなことしません。「パロディとは、絶対的な権力に小さきものが孤軍奮闘して立ち向かうことをやっているんだよね」と言われても、そんなつもりありませんと。「怒られたら、すぐに謝りにいきます」という感覚なので、そこに凄くズレを感じるんです。 貶めているという意識は高くなくて、そっくりに描くことによって、リスペクトだったり、シンパシーを感じるんですが、「笑わせることは悪意あるよね」と言われて。確かに悪意ゼロかと言われると、そうでもないんだよなと、非常に難しい気持ちでやっていますね。

手塚:田中さんはギャグ漫画家なので、面白おかしく出すことで、みんなが盛り上がって、ウケてくれるということが、根底にあると思うので、貶めようとか意地悪しようとか、痛い目にあわせようとかは、まったくないでしょう?むしろウケてくれたことで、元になる作品を面白がってくれればいいという優しさがあると思います。

田中:ありがとうございます。

手塚:そう思ってないと、やってらんないわ!(笑)。

田中:僕が個人的に好きなシチュエーションは、先人がなにか成し遂げようと思って、うまくいかなくて断念したものを、あまり繋がりのない人がそれを引き継いで、完成させる話です。 あとは親が途中で、完成に漕ぎつけられなかったものを、息子が完成させる話とかに、僕はビビッとくるものがあり、世の中的にも感動ストーリーのテッパンだと思うんです。 もし、ビートルズが解散しないで続いていたら、彼らはこんな作品を作るのではないかという仮定で誰かが曲を作ったとして、その曲の完成度がそこそこいい線いっていたら、みんなは拍手喝采すると思うんです。 手塚さんには到底及ばないけれど、そこへ近づきたいという気持ちで描いたものが、頑張ってるじゃんと思わせる。それで、けしからんと思うより、もうちょっと見てみようという気持ちになるんじゃないかなと凄く期待しています。(笑)

手塚:凄く崇高なことを言っているようだけど、やってることはアレだからなぁ…。もしアンチ田中圭一の人々が、やっていることは下品だけれど、手塚治虫なり松本零士なりを、リスペクトして、後世に残すためにやってくれているんだと、そこまで見てくれると、単純なアンチではなくなると思うんですよね。

田中:そういえば、手塚さんが今、生きていたら、こんなものを描くんじゃないかというものを、みなさん想像するけれど、それを形にできないじゃないですか。なんとか形にしたいと僕は思っていて、本物にはならないですけれど、こんな感じだよね、と見せるんです。

手塚:手塚治虫が生きていたとしても、田中さん的なものは描かないですよ。漫画の職人的な技術を伝えていこうとしているのは別としても、ギャグ漫画として田中さんが出したものは、例え手塚治虫が生きていたとしても描かない。それは田中圭一のものであって、手塚は描かない。

でも、もし生きていて、田中さんの漫画を見たら、対抗して自分も描いてそれを超えようとはするかもしれませんね。そうすると、とんでもないド変態なものを描く気がします。それか松本零士を真似る。「俺も松本零士が描けるぞ」と、さらに宮崎駿を描き、怒られる(笑)

田中:確かにそこまでいきそうな気がしますよね。

=> 『うつヌケ』を描く意味

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