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世田谷文学館で開催中の「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」が大盛況だ。岡崎京子さんは1980~90年代にかけての日本のカルチャー史を代表するマンガ家。『pink』『リバーズ・エッジ』『ヘルタースケルター』などで知られ、少女たちの時代への閉塞感やそれと向き合う姿を鋭いまなざしでリアルに描いた。活動の舞台はマンガ誌にとどまらず、週刊誌やファッション誌等でも多くの作品やイラストを発表。1996年の不慮の事故により現在活動休止中ながら、今なお、多くのファンから熱狂的に支持されている。

 岡崎さんが下北沢(世田谷区)出身ということで実現した本展は、岡崎さん初の大規模個展だ。世田谷文学館のスタッフの中にも愛読者が多く、ずっと企画をあたためてきたというその想いがダイレクトに伝わってくる。300点を超える原画や岡崎さんが寄稿した雑誌など、展示は見ごたえ十分。

読みだしてしまうと原画の前から離れがたくなる

読みだしてしまうと原画の前から離れがたくなる

また本展ではワークショップやトークショーなどの関連企画も豊富に用意されており、いずれも大盛況。3月7日に行われた、マンガ家・今日マチ子さんによるギャラリートークにも朝から整理券を求める長蛇の列ができた。整理券を手にした幸運な30名と共に、筆者もギャラリートークに参加してきた。

ギャラリートークに出演したのは、多方面で活躍中のマンガ家・今日マチ子さん。マンガだけにとどまらず、多彩な表現で様々な領域に活動の場を広げていく姿は岡崎さんのそれとも重なる。

ギャラリートークは参加者全員で会場の作品を見て回りながら、展示のテーマごとに、世田谷文学館の庭山貴裕さんが今日さんに質問をする形で進行した。

熱心に耳を傾ける参加者たち。男性参加者も多い

熱心に耳を傾ける参加者たち。男性参加者も多い

今日さんが、最初に出会った岡崎作品は『リバーズ・エッジ』。一番好きな作品でもあるらしく、今日さんは本展のために『リバーズ・エッジ2015』というタイトルでトリビュート作品も描き下ろしている。(展覧会公式カタログに収録)

「当時中高生だった私は川のそばに住んでいて、川のそばに住んでいるということは別段本人にとっては意味がなかったのだけれど、これを読んでから川のそばに住んでいるということにものすごく意味を感じるようになりました。」と、今日さん。

以来、引っ越しをするときに必ず川に近い場所を選ぶほど、今日さんにとって川は特別な場所となったようだ。

「川って半分公共で半分プライベートの場というすごく不思議な空間」と今日さんがいうように、確かに今日さんの作品には川の情景が頻繁に登場する。

きっと、その場のいた参加者の中にも同じように、川の風景を思い描いた人がいたはずだ。『リバーズ・エッジ』に出てくる川と、わたしたちそれぞれの原風景としての川は繋がっているのかもしれない。『リバーズ・エッジ』の展示は、黒を基調とした小部屋風の空間で構成されているので、ぜひ、暗い川岸に立っている気分で、作品と向き合ってみてほしい。

空間全体で世界を表現している『リバーズ・エッジ』の展示

空間全体で世界を表現している『リバーズ・エッジ』の展示

次にご紹介するのが、バブルまっただ中の1980年代末が舞台の『くちびるから散弾銃』。内容は東京在住の女の子3人が恋やファッションをはじめとするあれこれをひたすらとりとめなく散弾銃のようにおしゃべりし続けるというもの。ドラマチックな展開があるわけでも、ハッキリ、ここ!と分かる盛り上がりやオチがあるわけでもない。それなのに、読者は登場人物と同じ会話の輪の中にいる感覚を持ち、「わかるわかる」とうなずきながらどんどん読み進めていける。日常を描くマンガ作品は多いが、他に似た作品が思い浮かばないような独特な作品だ。この作品はなぜこれほどに唯一無二なのだろうか?

「こういう何気ない女子同士の会話を毎回面白く読み切れるものに収めるのは実はとても高度な技。真似しようとすると、だらっとしたつまらないものになってしまう。」(今日さん)

これは同じ描き手ならではのコメントだろう。鋭い観察眼ですくいとられた時代の片鱗を、テンポのいいコマ割りと厳選された言葉で表現したこの作品。読み手が安心しておしゃべりの内容にだけに集中し、すいすい読み進めることができるのは、岡崎さんの高度な技ゆえのものだったのだ。

この作品を筆者が初めて読んだのは作品が発表されてしばらく経った、90年代末頃だった。その時は、過ぎた時代の風俗や文化を懐かしみつつも、ちょっぴり恥ずかしいような気持で読んでいた。つまり、この作品には発表された当時の「わかるわかる」が、恥ずかしくなるくらい、ぎゅうぎゅうに詰まっていたのだ。

そして、時がたち2015年の今、この作品を読むとこれまでとはまた違った「わかるわかる」を体験できることにお気づきの方もいるだろう。80年代末~90年代のファッションやカルチャーが再注目され、「おしゃれ」なものとして盛り上がりを見せている昨今、「あの時代」が詰まったこの作品は「最新の」ファッション・カルチャーカタログとしても、新鮮な気持ちでワクワクしながら読めるのだ。

会場では原画が数多く展示されているので、「わかるわかる」とうなずきながら、作中のガールズトークに参加してみてはいかがだろうか。

展示全体を見渡すことで、岡崎京子の作風の変遷が良く分かる

展示全体を見渡すことで、岡崎京子の作風の変遷が良く分かる

ギャラリートーク全体を通じて、今日さんの言葉の中で特に印象的だったのが、「(岡崎さんは)きちんとわたしたちの事を描いてくれている」という言葉だ。このほかにも何度か「わたしたち」という言葉を耳にした。

岡崎さんの作品について語るとき、「わたし」ではなく「わたしたち」のほうがしっくりくる。「わたしたち」という言葉の中にはわたしと誰かの関係が含まれているのだと思う。その関係を含めたまるごと全部を、岡崎さんは「描く」ことで肯定してくれているのかもしれない。そして、「わたしたち」が主語となって、岡崎さんの作品の力は伝播していく。

去る2月に本展の関連企画として「“90年代”ZINEをつくろう」というワークショップが開催された。参加者は思い思いの90年代グッズ(雑誌やCD、マンガなど)を持ち寄り、そのグッズにまつわる思い出を語り合いながら、そのグッズのカタログ風小冊子(ZINE)をその場で作成し完成品をそれぞれが持ちかえるというものだった。

ZINEは1Fロビーで閲覧可能

ZINEは1Fロビーで閲覧可能

完成したZINEはまさしく「わたしたちの」ZINEだ。「わたしたちの」ZINEは、わたし「たち」になったことで、不思議と「わたしたち」に含まれない、他の人が介入する余地を生んでいる。ワークショップに参加していなくても、完成したZINEを見た人は「私だったら何をグッズとして持っていったかな?」と思っているかもしれない。

このように岡崎さんの作品がつなぐものはこれからも拡張し続けていくのだと思うと、胸が熱くなる。

原画を見ていると、いつの間にか作品の展開に心を奪われ、続きが気になってついついじっくり読み込んでしまう。岡崎さんがイラストやコラムを寄せている懐かしい雑誌の数々も隅々まで読みたくなってしまうものばかりなので、これから行かれる方は時間に余裕を持って行くことをおすすめする。

展覧会の公式カタログは会場だけでなく、書店でも購入可能だ。ちなみに筆者は2冊購入し、1冊を遠方に住む大切な友人にプレゼントした。「わたしたち」の「あの頃」を起点にして、楽しいおしゃべりは今後もきっと、ずっと続いていく。

[構成・執筆=岩崎由美(マンガナイト) ]

今日マチ子

漫画家。1P漫画ブログ「今日マチ子のセンネン画報」が書籍化され注目を浴びる。4度文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。戦争を描いた『cocoon』は劇団「マームとジプシー」によって舞台化。2014年には第18回手塚治虫文化賞新生賞を受賞。2015年4月に最新刊『ニンフ』『吉野北高校図書委員会(1)』を刊行。

juicyfruit.exblog.jp/


▼公式カタログ

『岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ』

[価格]2,300円+税

http://www.heibonsha.co.jp/book/b193085.html

※売り切れの場合もございます

▼展覧会概要

「岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ」

http://www.setabun.or.jp/exhibition/exhibition.html

[期間] 3月31日(火)まで

[開館時間] 午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで)

[会場] 世田谷文学館2階展示室

[休館日]月曜日

[料金] 一般=800(640)円 高校・大学生、65歳以上=600(480)円 小・中学生=300(240)円 障害者手帳をお持ちの方=400(320)円
※( )内は20名以上の団体料金

「せたがやアーツカード」割引あり
※障害者手帳をお持ちの方の介添者(1名まで)は無料


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