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-手塚・浦沢漫画のインパクト-

手塚:一番自分が構造的に変わっていないと思うのは、自分が何歳くらいの時からのことですか?

浦沢:5歳の時の「地上最大のロボット」もかなりの衝撃でしたが、やっぱり僕は、中学1年生の頃に実家の縁側で『火の鳥』を読んだあの日から、変わっていないんですよ。恐ろしいほど成長していないんですよ。僕はあの日に成人式を迎えたと思っているんですが。

手塚:漫画家になろうと思ったのもそのタイミングですか?

浦沢:僕は漫画家になろうとは一度も思っていないんですよ。

失礼な話ですが『火の鳥』って一回も売れたことがない。ロングセラーですけど、ヒット作になったことはないですし、あれが載った雑誌は潰れてしまうという話もあるくらいでした。僕はリアルタイムで読んでいましたが、友だちも誰も読んでいなかった。今でこそ、図書館とかに置いてあったりして、多くの人が読んでいるんですけど、この作品の凄さに気づいたのは、自分だけだと思い込んで宝物にしていたんですよ。

そこで子供なりに判断するにこの作品が売れてないと考えると、僕がもし自分が漫画家になって好きな作品を描いた場合この状態になる。絶対売れない漫画家になって不幸になると思っていました。だから、自分は漫画家になろうと思ったことはなかったんです。僕は社会人になっても、好きでコツコツ漫画を描いているような人でいいやと思ったんですよ。

手塚:少年時代の浦沢さんは、将来何になると思っていたのですか?

浦沢:普通にサラリーマンになると思っていましたね。

手塚:音楽にしても漫画にしても、趣味でやっていこうと思っていたのですね。

浦沢:僕は何にしても、売れないものの方が好きになってしまうタチなので、やってもどうせ売れないのだったら、趣味でやっていけばいいと思ってました。

手塚:最初に『鉄腕アトム』を読んで、子供心に切ないと思ったのと、それから『火の鳥』を読むまで十年くらいたってるわけですよね。

浦沢:その時期は手塚先生が苦労されている時代なんですよ。手塚先生が一等賞を取れなくなっている時代。当時から漫画界で”王様”という称号は手塚先生にあるんですけど、ちょっと時代に遅れてるんじゃないかなと漫画愛読者の少年として思っていました。

それで中一の時に『火の鳥』の廉価版を全巻買って読んだんですよ。そうしたら、一歩二歩遅れをとっているとか、ヒットに恵まれないとかそんなの全然関係ないと思ったんですよ。人類の最高傑作がここにあるじゃんと思ったんですよね。こんなものを描く人が今のこの世に存在すること自体が凄いと思って、そこから物事の考え方は変わってない感じです。

手塚:今はういう存在の一人に浦沢さんもなっていると思いますが。

浦沢:それは全く実感ありませんね。僕は手塚先生の漫画に強烈なインパクトを受けて育ちましたけど、僕は自分の作品からそのようなものを受けたことはありませんから。当たり前ですけど、読者ではないので。手塚先生って当時から漫画の”王様””神様”と言われてましたが、ご本人は内心どうだったんだろうって考えますね。
だって手塚先生も自分の描いた作品で僕ら読者が受けた強烈なインパクトをご自身で体験されていないわけでしょ。ただ僕は手塚先生から受けたものに恥じないものを必死に作ろうとしているだけで結果は味わった事ないのでわからないですね。

編集部:自分も含めた30代の世代ですと、魅力的な浦沢キャラクターに夢中になった記憶があります。中学生くらいの頃に『YAWARA!』のアニメが始まって、原作漫画のファンだった事もあり同級生達と毎回楽しみに観ていました。

浦沢:デビューして間もない『YAWARA!』『パイナップルARMY』を描いていた時期は、まさに描き飛ばしていたんです。校了も編集者に任せていたんですよ。それで、去年から『YAWARA! 完全版』を出していて、25年くらい前の作品なのでチェック作業をするにあたって初めてちゃんと読んだんですよ。

週刊誌でどんどん描いては出して単行本になってという事を繰り返して、それを自分は流し仕事をしたとか、粗い仕事をしたとか思い込んでしまっていて、見たくもないと思っていたんですよね。今回は完全版ということで、嫌な絵があったら描き直すからと、最初は結構直そうとしていたんですよ。でも読み進めていくとすごく丁寧な仕事をしているのがわかって「あれ? 」と思いました。

僕は50過ぎまで、20代の自分の仕事を非常に悪く見ていたんですけれど、今になってやっと”もしかして、ちゃんとした仕事をしていたのかも”と、ちょっと認めてやろうかなと思いましたね。

手塚:20代の浦沢直樹は、50代の浦沢直樹に認めてもらえたんですね。

浦沢:やっぱりこのみずみずしい線はなかなか今出せないですしね。若い人の線は凄いなと思います。

あとあの地獄のようなスケジュールのなか、こんな緻密なストーリーをいつ考えていたんだろうと思います。これ凄い伏線になってるじゃんとか、何週前から仕込みしてないと出来ないじゃんということをしれっとやっている。

手塚:描き加えたいとか直したという箇所はあったんですか。

浦沢:少し描き直しましたよ。でもやりだしたらきりがない。手塚先生も描き直しが有名ですよね。今、手塚作品も当時のまま復刻というものも出ているじゃないですか。僕もいなくなったら好きにしてくれと思いますが、自分の目の黒いうちは俺が許したものしか出さないみたいな。

手塚:父が今もし生きていて、昔の自分の漫画をまた出版しようとなったら、それはそれで面倒くさくなりそうですね。一から描き直すとか、『マグマ大使』のようにラストシーン変えてしまうとかありそうです。

浦沢:あの描きなおしを探すのは好きでしたね。絵を見比べて、このページからこのページは描きなおしだなとか。

手塚:生きている間に昔の自分の作品を出すとなったら、納得出来ないものは手を加えたくなりますよね。

浦沢:『MONSTER』も結構描きなおしましたね。『MONSTER』と『Happy』は実は、自分の作家の変わり目にあって、『YAWARA!』とか『MASTERキートン』で培ったものを一旦壊さなきゃという気持ちがあったんです。あのままいけば、あの絵でそのまま上品なかんじでいけたと思うんですけど、この絵じゃないものをと考え始めて新たにチャレンジし始めて、逆に稚拙になっていたんですよ。

手塚:また十年後とか出し直すとなったら、さらにまた手を加えてしまうんじゃないですか?

浦沢:そうでしょうね。だいたい描き直しているところは絵が気にくわないというよりも、演技が届いていないんですよ。そういうところを描き直したくなるんですよね。

手塚:キャラクターにもっとやらせることが増えるんですね。監督として演技をしなおさせる。


-前人未到の作品-

手塚:ところで、父は亡くなる60歳までずっと描いていましたが、浦沢さんはどこで引退しようとかは決めているんでしょうか?

浦沢:以前はそんなことをぼんやり考えた事もありましたけど、今くらいのかんじで楽しく出来るなら、死ぬまで描いていけるかな。といった感じですかね。

手塚:父はまだまだ生きたいという思いはすごくあったと思うんです。最近なぜ亡くなる直前まで、ああも漫画を描き続けたいという思いがあったのかすごく疑問に思っているんです。

最初の入口は、漫画を描くのがただ楽しくて大好きで始めたことが、次には読者に読んでもらう、喜んでもらうことが自分の楽しみになっていたと思うんです。そのうち人気作家としてとにかく必死に量産しなければいけない時期がある。また結婚したら家族を養うための仕事としてやらなければいけない時期もありますよね。そして晩年はある種の使命感、自分が体験してきたことや後世に伝えなければいけない、死ぬまでにそれをやらなくてはいけないと思って、最後まで描き続けてきたんじゃないかと思うんです。

浦沢さんは今何に突き動かされて、描き続けているんでしょうか?

浦沢:前人未到という言葉があるじゃないですか。まだ誰の足跡もついていないというところに行って、何か立てたいという思いはあるんです。僕は中学の頃に見た『火の鳥』という作品のインパクトをまだ自分の漫画で感じたことがないので、永遠に届かない夢なんですけど、あの『火の鳥』で読んだ前人未到感を僕も描きたいなぁという願望がずっとあるんですよね。

手塚:読者からすればこれまでの作品も素晴らしいですし、浦沢さんも全精力かけて描かれた作品だと思いますが、それでも納得出来ない?

浦沢:だって相手は『火の鳥』ですよ。『火の鳥』を読んで、人生が始まってしまったから、それにふさわしいものを作れたとは到底思えないですよね。届かない望みなんでしょうけれどね。

読者の皆さんが僕の作品を評価してくれるかもしれないですけど、僕の作品はいかほどのものかというのはまったく分からないですね。中学生の頃の自分に届けて、どういう感情を持つかということぐらいが目安ですからね。

手塚:きっとそれが一番求めているところなんでしょうね。14~15歳の頃に読んだ、あの感覚は人から与えられたものだから、今の浦沢さんがその時の浦沢さんにどのようなものを与えられるかというのは、一生追いかけても分からないままですね。

浦沢:今の世の中、ネットに批判や批評が出ていますが、あまり見ないようにしています。当時の浦沢少年ほど辛辣なことをいう奴はいないんでね(笑)。疲れたからちょっとここは流して描こうなんて思うと、あの浦沢少年の「やっぱりお前はダメだな」なんて声が聴こえてくるんです。

手塚:浦沢直樹という読者を納得させる漫画を描かないといけないんですね。

浦沢:読者としては、一番たちが悪いですからね(笑)。

手塚:自分の描いたものを自分で読んで、納得するというのはすごく難しいものですよね。

浦沢:それはアーティストの先生はみんな感じているものであって、そこにうぬぼれとして溺れていくのかどうか。あんまり辛辣すぎると継続して作品は描けなくなったりしますからね。今作品を描けなくなっている人いっぱいいると思うんですけれど、いわゆる批評家として自分の作品に厳しすぎる批評を与え始めると、何も描けなくなってしまう。その辺のバランスなんですけどね。叱咤激励くらいで止めておかないと。

手塚:うちの父も、最終的には自分に向けて描いていたと思います。とくに戦争体験がやはり大きかったので、戦争を体験した時の感覚をどうやってこの世に残せるか、残しきれているか。本当に描きたいものが描けているのかと、自分の使命感に追い詰められているという、そんな葛藤はあったと思います。

=> -自分の中には何もない-

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