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-TV『漫勉』制作のこだわり-

インタビュー後半は浦沢さんのお仕事場から応接間へ移動してのトークです。-

インタビュー後半は浦沢さんのお仕事場から応接間へ移動してのトークです。-

手塚:昨年末にNHKで放映された『浦沢直樹の漫勉』は同業者の方も興味深く観られたんじゃないですか?

浦沢:そうですね。興味深いのに漫画家の皆さんなかなか出演は難しいですねぇ(笑)。

手塚:漫画家の創作過程だけにフォーカスしているんですよね。先生方の頭のなかを覗かせてもらうのが一番いいんでしょうけども、それは無理でしょうから。アイディアノートからとか入っていくとか。最近は漫画雑誌の編集者をテーマにした漫画などありますよね。あれで制作の工程が少しわかる気がします。

浦沢:番組スタッフは編集者に興味がいったりしますね。編集者のところまでは理解出来るからなのか。会社の仕事の延長で”編集業”という仕事してるんだなという目線として、そこにフォーカスがいきやすいのかもしれませんね。漫画家になると怪物になってしまうから「何これ?」となって理解不能にしまうんでしょうかね。『漫勉』は漫画家のペン先をずっと撮ることにこだわりました。なるべくノーカットで。画面を分割して作画風景を見せたりして、対談してる顔なんかどうでもいいと思っていました。あとは描いている時のシャッシャッというペンの音もちゃんと入れたかった。


-『PLUTO』誕生のきっかけ-


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手塚:今日お話をうかがっていて面白かったのは、浦沢さんの頭の中では、自分が一番最初に読む読者という事ですね。

浦沢:最初は無責任に面白がっているだけですね。作品を思いついた時に、史上最高の漫画が世にでるはずだというイメージはあるんですよ。それをなるべく損なわないように大事に世に出そうとするんですが。言ってしまえば、頭の中では手塚治虫先生の絵で想像している作品もあるんですよ。『火の鳥』のような絵で想像して、自分の絵で描いたら「ちょっとイメージ違うぞ」とか。大友克洋やメビウス絵で想像したりしてね、自分の絵にすると「もうすこし緻密なイメージだったんだけどなぁ」と思ったりして(笑)。頭の中は自由なので、自分の一番好きな絵で想像してたりしますからね。

手塚:一番想像する作家さんの絵はどなたですか?

浦沢:まぁ手塚、大友の絵柄で思い浮かべても、実際それで描いたらお前が描かなくていいじゃんとなってしまうじゃないですか。実は『PLUTO』は監修をして下さった手塚眞さんに最初のイメージボードを出した時は、手塚絵だったんですよ。頑張って「あの絵で描きます」といったら「やめてください」と言われてしまいました。

手塚:それは私でも言うと思います。浦沢さんが描くなら、浦沢ご自身の絵で描かないと。手塚治虫は二人もいらないですからね。
浦沢さんは最初に『鉄腕アトム』を読んだのは、おいくつくらいの時ですか?

浦沢:5歳くらいの時ですよ。家庭内のごたごたや引っ越しやらで、幼稚園に行けなくなってしまったんですよ。引っ越してきたので、友達も周りにいないし、家に閉じ込められた状況で、そこに『ジャングル大帝』と『鉄腕アトム』が与えられて、ずぅーっと読んでた。小学校上がる前には手塚先生の絵を描いて、”手塚治虫”ってサイン入れてました。

手塚:サインまで入れてたんですか(笑)。いろんな漫画のなかでも、『地上最大のロボット』が一番印象的だったんですか?

浦沢:そんなに他の漫画を読んでもいない五歳ぐらいの子供のくせに、こんな作品は見たことがないと思ったんですよ。読み終わった時に心にドーンとくる。このかんじは何なのかなと思い続けていました。大人になってからそれが”切ない”という感情なんだと分かりました。

いわゆる正義の味方が悪い奴をドカーンとやっつけてというものだけじゃない、ドラマがあそこにはあると思っていたんですよ。あの時の感情の分析作業というものが浦沢版『PLUTO』なんですよ。自分の中にある、もわんとしたものをちゃんとした形にする。手塚先生の漫画を読んで感じた感情を描いてみたんですよ。

5歳の時に手塚原作から受け取った感情の分量はどういったものなのか、感じた感情を損なうことなく出すとしたら、どのくらいの分量が必要なのか、素直に描いたらあの分量の原稿になりました。

『PLUTO』が具体的なものになるまで、原作は読み返していなかったんですが。改めて読んでみて「あれ?このシーンってこんな短いの?」とか思いましたね。

手塚:『PLUTO』誕生のきっかけというものは、浦沢さんが描きたいと言ったのですか?

浦沢:アトムの誕生年2003年に、編集部から記念企画をやりませんかというお話があったんですよ。でも一枚イラスト描いたりとかしても、それで終わっちゃうような気がするなと思って、もっと大きいお祭りのはずだと言ったんですよ。だから『地上最大のロボット』をリメイクするような骨のある奴はいないのかねなんて言ったら、編集者は「自分でやればいいじゃないか」という訳ですよ。僕は「とんでもない、そんな大それたことをやるわけがない」と言っていて。
しばらくして別の仕事の打ち合わせで長崎尚志さんに会った時に『地上最大のロボット』についてあんな話、こんな話、としているうちに『PLUTO』の原型が出来てしまったんですよ。これは面白いやと思って、誰かやるやつはいないのかと言ったけど、人に渡したくないという気持ちになって、でもその時点でかなり破天荒な思いつきなので、まず実現するわけがないと思っていました。手塚プロダクションのほうもOKするわけがない。でもとりあえず見てもらおうと僕が思い浮かんだシーンを描いたイメージボードを送ったんですよ。

最初のリアクションが良くなくて、まあそうだろうなと思ってたんですが。半年くらい過ぎたある時、眞さんからお食事に誘われました。その席で眞さんがほろ酔いで「浦沢さんよろしくお願いします」と言うんですよ。「なんの話ですか?」と聞いたら「地上最大のロボットやりましょう」とおっしゃって。「え!?」ですよ。光栄なお話なので「頑張ります」と答えたんですが、そこからプレッシャーで具合悪くなってしまったんですね。具体的に構想を固めていく作業をしていきながら、自分の中では”口うるさい手塚ファン”に「許さない」と言われるぞと思っていたんですよ。

実際に描く段階になると、体中に蕁麻疹が出て本当にひどかったですね。ある時”口うるさい手塚ファン”って会ったことないけれど誰の事だと考えた時に「俺だろう!」と気がついたんです。

手塚:他の誰でもなく自分だと。

浦沢:子供の頃から手塚作品を愛していた浦沢少年が下手なものを作ったら「許さねぇ」と言っているんだと。それに気づいてから実際に作業にかかるといつもの自分の漫画の作業に切り替えが出来て、病状もすーと抜けていったんです。

手塚:自信がなかったというわけではなかったんですね。

浦沢:開けてはいけないパンドラの箱を開けている感じですよね。開けたらえらいことになる。絶対良いものが出来あがるとは思っていたんですけど、この作業はやってはいけないものだと思っていたんですよね。失敗が出来ない。しかも『アトム』ですよ。絶対これはやっちゃ駄目。

手塚:葛藤の時期があったんですね。

浦沢:ネームを描いていくうちに、自分の仕事になっていったんでしょうね。
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-舞台『PLUTO』-

手塚:今月の初めまで『PLUTO』の舞台が上演されていました。浦沢さんは今回の演出家であるシディ・ラルビ・シェルカウイのこれまでの舞台はご覧になっていたんでしょうか?。

浦沢:映像で観ましたね。

手塚:舞台化の話が来た時は、最初どう思われたんですか?

浦沢:まず、まとめられるわけないと思ったんですよ。すると、ある時長崎さんから「天才的な演出家なので一度は話しをきいてみよう。」ということになって、そこからシェルカウイさんの過去の舞台映像を見て素晴らしいなと思いました。舞台というのは映画と比べてアート感覚で積み上げて、克明にシュチュエーションを描かなくても成立するから、映画よりコンパクトに収まるかもしれないと思って、じゃあお任せしようということになりました。

手塚:浦沢さんの中で、自分のイメージしていた通常の舞台とは違ったということですね。逆に浦沢さんが緻密に描いていった部分を省略されていくのは構わないと思われていたんですか?

浦沢:具体的な形では省略されるのは嫌だと思っていたんですが、音楽やダンスやビジュアルなどのアート性で表現してもらうのは全然OKでした。

手塚:シェルカウイさんはコンテンポラリー・ダンスの演出家なので、今回のような演劇的な舞台は初めてやられたそうなんですが、かえってそれで納得出来たというかんじでしょうか。

浦沢:通常の演劇が30分くらいかけてストーリーとセリフで積み上げていく情感を、ダンスやミュージカルだと2.3分の歌で表現出来てしまう時もあるじゃないですか。そういうことが可能なのでマジックが起きる。

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手塚:シェルカウイさんには具体的には、どのような指摘をされたんですか?

浦沢:いろいろやり取りしましたが、最後のシーンは手塚先生の原作のままやってほしいと言いました。あのラストシーンは手塚先生のメッセージが込められているので。

手塚:原作の上でも浦沢さんがこだわっていたところですよね。

浦沢:僕は手塚先生の描いた絵を同じアングルで、みんなの顔があって、角を持って、とあそこだけは、変えなかった。なぜかというと、子供の頃にあのシーンを見て”切ない”感情になったからなんです。だから今回の演劇もあのシーンで着地して欲しかったんですよね。

手塚:実際に舞台で演じるのと脚本を見るだけでは、映像の演出が入ったりダンスが入ったりして、全然違うと思うんですが。

浦沢:最初に観た時は脚本に破綻が無いかとか、ちゃんと感情を伝えられているかとか、そういうところをばかりを観ていましたね。

第一幕終わった時に隣に座っていた漫画家の岡野玲子さんに「素晴らしいですね」と声かけられたんですよ。その時「僕、当事者すぎて今のところちょっと判断出来ない状態です」と、答えたんですよ。脚本を何回もよんで「出来てる出来てる、あ、ここはこうやるんだ」と、チェック作業をしていたので、はたしてこれはお客さんが楽しめているのかが分からなかったんですよ。

僕としては素晴らしいですといわれて、じゃあ大丈夫なんだねと。第二幕に入っていよいよ物語はクライマックスを迎え、それを見て「うまく出来てるなー」と思って感心しました。やって良かったと思いましたね。

手塚:初日に舞台をご覧になって、ご自身で泣いたと伺いましたが、どこのあたりのシーンなんでしょう?

浦沢:自分で漫画描いている時にすでに泣いていたんですけど、ロボットのヘレナが泣き方を学ぶところですね。

あとは描きながら自分で胸いっぱいになったのは、アトムがヘレナのところに挨拶にきて、ヘレナがアトムに「あなた嘘をついたわね」と言って、アトムが飛び立つんシーンなんですけど、あそこが一番弱いんですよ。

『PLUTO』を描き始めた頃「アトムってなんで飛ぶんだろう?」と思ったんです。本当に飛ぶ必要があるのかと。眞さんともその頃に対談して、「アトム飛ばします?」と聞きました。眞さんは「飛ばしましょうよ」と言うんですよ。でもなんで飛ばなきゃいけないんだろう?って思っていて。

それであるとき気がついたんです。アトムは僕らの”夢と希望”を乗せて飛んでいるんだと。それだけで僕はもう胸いっぱいになってしまって。アトムは僕らのために飛んでくれているんだって。その飛んでいく姿に人は夢と希望を託すんですよ。だったら思いっきり飛ばしてやろう!と思いました。だから僕はアトムが飛ぶシーンに弱いんですよ。

手塚:人間の望みは三つあって、そのうちの一つは空を飛ぶことだと生前に父も語っていました。だからアトムは飛ぶんだと。

浦沢:今だと現実に産業用ロボットとか二足歩行ロボットを作ってますよね。でも、二足歩行ロボット自体に意味はないんですよ。難所に行くならキャタピラでいいんです。二足歩行にするという事自体も同じく”夢と希望”なんですよ。

いざヘレナと別れて飛び立つシーンを描いた時はもうネームの段階で「うわー切ないわ」と思いました。あのシーンは作品を覆う切なさを上手く表現出来たのかなと思います。アトムが飛ぶことに関して、原作は深く描いてないじゃないですか。よくよく考えてみると、ああそういうところも含んでるのかなと思いました。

手塚:絵として人気があるのもやはり“空に向かっていくアトム”なんですね。地面や重力の束縛から離れた瞬間の開放感を人はアトムに託しているということもあって。だけど実際足を離して、地上を離れる自分というのは、すごく心もとない。だからその開放感と同時に何かしらの不安だったり、切なさだったりをそのシーンに感じてしまうじゃないでしょうか。

浦沢:手塚作品にはそれは多いですね。

=> -手塚・浦沢漫画のインパクト-

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