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松本大洋×新井英樹×すぎむらしんいちトークショー「土田世紀を語る」in京都国際マンガミュージアム

2014年7月27日(日)京都国際マンガミュージアムにおいて「松本大洋×新井英樹×すぎむらしんいちトークショー「土田世紀を語る」」(主催:文化庁、京都精華大学国際マンガ研究センター、京都国際マンガミュージアム)が開かれた。同館で8月31日(日)まで開催されている「土田世紀全原画展――43年、18,000枚。」(以下、原画展)に際し、土田作品への敬意を公表する漫画家および編集者が作品を振り返るとともに、残された原画をどのように扱うが話し合われた。

©土田世紀

©土田世紀

原画展情報
京都国際マンガミュージアムで土田世紀が遺した全原画を公開する「土田世紀全原画展――43年、18,000枚。」
http://manga-style.jp/press/?p=12042
登壇者は、原画展開催を記念して制作されたアンソロジーの描き下ろし表紙イラストを担当した漫画家の松本大洋先生、新井英樹先生、すぎむらしんいち先生。そして「世紀のプロジェクト※」のスタートメンバーでもある『IKKI』の編集長・江上英樹氏の4名。京都精華大学マンガ学部教授の吉村和真氏の司会進行のもとトークショーが行われた。

観覧定員は先着順のため、当日は朝から行列ができており、マンガミュージアムはいつも以上の賑わいを見せていた。約200名分用意された観覧席は満席。開演を待つ会場ではプロジェクタースクリーンで『雲出づるところ』のスライドショーが上映され、バックミュージックに使われていた「Smile」(Nat King Cole)、「Oh my live」(John Lennon)を歌うRyuの声に包まれ穏やかな雰囲気に満ちていた。

■登壇者と「土田世紀」のそれぞれの出会い


原画展のオリジナルTシャツを着た登壇者が、拍手で迎えられ入場する。まずは、それぞれが土田世紀の作品とどのように出会い影響を受けたかについての話から始まった。

年齢も近く、デビューした時期もほぼ同じだった松本先生は「デビューした漫画家というのは実力の10倍、20倍の自信を持っていて、それだけが武器だと思うんですよね。僕のそれを打ち砕いたのが、ツッチー(土田世紀の愛称)の『卒業』という読み切りでした。頭先から爪先まで完璧に出来上がっている読み切りで、それを17歳で描いているなんて信じられなくて。自分と同じド新人にへこまされたんですよね」とデビュー当時から土田作品に衝撃を受けていたことを明かした。

土田よりも後に漫画家としてデビューした新井先生は「漫画家にとって一番夢見るデビューの仕方を手に入れたのが土田世紀ですね。自分がデビューする前からこんな天才がいるんだということを、まざまざと見せつけられて、とにかく羨ましくて仕方なかった。自分が高校ラグビーを題材にした連載を始める時に、彼も同じ雑誌でラグビーの漫画を描くことになって、漫画家として強烈なプロ意識を持たされるきかっけになりましたね」と漫画家としての意識を変えられてしまうほど土田の存在は大きかったと語る。

すぎむら先生も「漫画家になろうと思って、北海道から上京する前の空港で『未成年』を読んだんですよ。もちろん自信満々の頃です。その時は、ツッチーはもう自分よりもずいぶん年上のオッサンだと思ってたんですよ。それで、後から17歳だって聞いて、この年でこんなすごい作品を描いているのかと同じく衝撃を受けました」と率直な気持ちを語った。

原画展では、まず「俺の部屋」と題した展示室を通る

原画展では、まず「俺の部屋」と題した展示室を通る

また、担当編集者になる前から土田のファンだった江上氏は「僕は小学館にいたので、マンガを描いてもらいたくてもツッチーにどうやって連絡を取ったらいいのかも分からない。講談社に訊いても教えてもらえるわけがないし。それで、別の雑誌でツッチーのインタビューを見て、その出版社に連絡先を教えてもらいました。どうしてもこの人に描いて欲しいという一心でしたね」と当時を振り返る。

土田作品は読者だけでなく、漫画家や出版業界の人間にも大きな影響を与えていた。だが、登壇者の中で生前の土田本人と接触したことがあるのは、すぎむら先生と江上氏だけだという。すぎむら先生は歌舞伎町のスナックで初めて土田本人と出会った時の事を、アンソロジーの描き下ろしマンガに綴っている。

すぎむら先生のマンガに描かれている土田の姿からも、作品はもちろん土田世紀という人間に不思議な魅力があったことがうかがえる。土田の人柄について江上氏は次のように語る。「優秀な漫画家ほど漫画家である事に執着してないんですよね。ペンも用紙もそのへんにあるものを使っちゃう。ある時なんか、煙草の銀紙の裏にセリフを描いて貼ってるんですよ。そういうところも含めてかっこいいなー、と思っちゃったんですよね。常識的にはありえないけど、ツッチーは何をやってもチャーミングに思える」

気取らない土田の人間性は自然と人を惹きつけていたようだ。新井先生と松本先生は土田本人と対面することはなかったが、作品から土田の創作背景を次のように推察している。

新井先生「作品を見ていても、すごく真面目じゃないですか。基本は真面目でロマンチストだけど、あえてその手順を壊すようにしてカオスを作っているんじゃないかな。だから、フィクションなんだけど、まるでドキュメンタリーを見せられているような生々しさがある」

松本先生「『永ちゃん』を描いている時のツッチーは、たぶん感覚で描いて全部ハマったんじゃないかな。『永ちゃん』はもうマンガではないような、僕には神がかって見えます。ツッチー自身も「何だろう?」って思って描いていたんじゃないかな。あの時の恍惚をどうやって得たのを知りたくて、漫画家になったのではないかと想像します」

新井先生(左)とすぎむら先生(右)は、昨年秋田県の横手市増田まんが美術館で開催された土田世紀回顧展にも足を運んでいる

新井先生(左)とすぎむら先生(右)は、昨年秋田県の横手市増田まんが美術館で開催された土田世紀回顧展にも足を運んでいる

新井先生「今回、トリビュートマンガを描いてから、『月の時代』(晩年)の作品がいたく迫ってくるようになった。こんな話をするのはどうかと思うんですけど、もし今も生きていたら、『月の時代』を経た後に、もう一度『俺の時代』(初期)のような作品を笑い飛ばして描く土田世紀も見られたのかも知れない。それは、かなりすごい事になっていただろうと思うんですよね」

新井先生いわく晩年の作品には、田舎町のヤンキーが登場したり、車の象徴的な描写があったりと作風の一部が初期の頃に描かれたものへ戻ろうとしているように思えると言う。原画の展示室も晩年の作品を展示する『月の時代』という部屋が行き止まりになっており、外へ出るためには再び最初の『俺の部屋』を通過せねばならない経路になっている。新井先生の分析と展示室の不思議な共通点を聞いた江上氏は「『俺の時代』と『月の時代』の区分、そして原画を敷き詰めた間の部屋も含めて、原画の展示の仕方そのものが土田世紀の人生を示しているようだ」と述べた。これは推察だが、展示側は意図してそのような配置にしているのではないだろうか。

■遺された膨大な枚数の原画は、これからどうなる?


右から、司会の吉村和真氏、すぎむらしんいち先生、新井英樹先生、松本大洋先生、江上英樹氏

右から、司会の吉村和真氏、すぎむらしんいち先生、新井英樹先生、松本大洋先生、江上英樹氏

原画展は、約18,000点以上の原画展示が最大の見どころとなっている。では、このように作家が遺した膨大な原画は今後どのように保存・活用されるべきなのだろうか。トークショーの後半は「マンガの原画をどのように扱うべきか」という議題のもと意見が交わされた。まず、漫画家にとって原画とはどういう価値を持つものなのか。三者は次のように答えた。

松本先生「時々、漫画家たちの間でも話題になるんですよね。原画をストーリーを展開するためのツールだと思っている人もいれば、俺のアートだと思っている人もいるし、難しいですね。自己管理しているけど、僕はわりあいプレゼントしている事がありますね。自分の原稿は自分で見ないので、面白がってくれる人がいるならそうした方がいい」

すぎむら先生「押し入れに詰め込んでいるだけです。例えば、ある出版社が原画を保管していた倉庫と契約を切ったことで、漫画家のもとに一気に段ボールが30箱くらいの原画が戻って来るという話を聞いたことがあります。そんなことになったら、パニックが起こりますよね」

新井先生「ほとんど一緒で面倒くさい。家でも踏んでますからね。雑な扱いしか出来ないので、もし喜んでもらえるやり方があればそうして欲しい」

やはり、膨大な量の原画を個人で保管するには限界がある。だが、捨ててしまうくらいなら何らかの形で活かして欲しいという漫画家は少なくないだろう。原画そのものには値がつけられないため、活用方法によっていかに価値を生むかが問題となってくる。

■綴じられる前の”原画”から見えてくる新たな価値


話題は、出版物としてのマンガではなく、漫画家が直に向き合った原画だからこそ見出だせる価値についての話へ移る。登壇者は今回の原画展を鑑賞した上で原画の持つ意味について次のように語る。

江上氏(左)と松本先生(右)。松本先生はトークショーの出演依頼を受けた理由として「ほかならぬツッチーのことですから」とコメントした

江上氏(左)と松本先生(右)。松本先生はトークショーの出演依頼を受けた理由として「ほかならぬツッチーのことですから」とコメントした

松本先生「原画を直接見ることで、自分が打ちのめされた作品に「出会えた」感じがしたので感無量でした。ファンの方にも、もっとそういう機会があったらいいと思う」

新井先生「本当にここで作業をやってたんだなって感じがします。あの原稿の汚れとか尋常じゃないですよね。ヤニ臭い原稿とか親近感が湧きます」

すぎむら先生「ツッチーと言えばやっぱり掛け網ですよね。原画で見るとものすごい掛け編んでて、労力かけてやってることがわかる」

すぎむら先生が言うように、土田作品に散見される高度な技術力を要する掛け網や、迫力あるペンの軌道がより鮮明に感じられるのは原画ならではだ。こうした職人芸や創作の試行錯誤の痕跡が生々しく残る原画は、漫画家の生き写しと言っても過言ではない。それを、間近で体感する価値は十分にありそうだ。

■マンガ文化の未来に向けて動き出した「世紀のプロジェクト」


この原画展を機に設立された「世紀のプロジェクト※」は土田世紀の作品だけではなく、原画の保存・活用を目的としマンガ文化の未来に貢献するために立ち上げられた事業だ。では、当の漫画家たちは原画保存の動きをどのように受け止めているのだろうか。

すぎむら先生「湿気がいいとか悪いとか、保管の方法が分からないんですよね。どこか預かってもらえると嬉しいです。見返すことはないけど、捨てる度胸もないし」

新井先生「基本的にはすぎむら先生と一緒で、預かってもらえるのであればそうしたい。でも、原画展はすごく恥ずかしいですね。ただ、漫画という文化が廃れて欲しくないから、その継承に役立ててもらえるのなら、そうして欲しいですね」

松本先生「そうですね。原画を観てみたいと思ってくれる人がいるなら、そうしたいですけどね」

三者の意見を受けて江上氏は「編集部的には、原画を外に出すのはトラブルが多いので展示会では複製原画を出してもらう事が多いですけど、漫画家も本当は原画を観てもらいたいと思っていると思います。これからは、出版と原画の保管や活用、展示をばらばらにやるのではなく、同じ流れの中でやらなきゃいけないのではないかと思っていますね。いろんな事と組み合わせて行く時代なのではないかと思います」と述べた。

今回のトークショーでは、土田世紀作品の魅力を掘り下げるとともに、マンガ文化全体の未来を考える建設的な意見が交わされた。今後、この原画展およびトークショーがきっかけとなって、マンガ原画の保存・活用に関する取り組みが進められることを期待したい。

※「世紀のプロジェクト」……土田世紀の逝去後に著作権継承者である羽倉佳代氏を中心に、「未来のマンガ文化に貢献するべくあらゆる不可能に挑戦する」(展覧会における羽倉氏の説明パネルより)という信念のもと結成された事業。散逸している全原画の収集、永久保存(デジタル含む)と活用(研究)の実現、原画を保管するための国立マンガ原画倉庫の創設、世界マンガ会議の開催、漫画家の遺族の支援体制を整えるなど、希望する全ての漫画家の救済を目的として動き始めている。

[取材・文=松田はる菜]
■関連リンク
土田世紀全原画展――43年、18,000枚。

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