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スポ根マンガ家の源流をさがす!

漫画家はその人のみで漫画家にあらず! 必ず影響を与えた「誰か」がいるもの。その漫画家が一体どんな「他の漫画家」に影響を受け、今生み出している作品にどう表現されているか。「源流を探すマンガ旅」では、漫画家の “源流”辿り、どのようにして今の場所に辿りついたのかを探っていきます。

第1回目は、少年(青年)の不器用さと愚直さを描いたスポ根マンガで右に出る者はいない! 村岡ユウ先生。マンガの画面作りにおいては、「黒い画面」と「白い画面」があります。村岡先生はデジタルを駆使して「黒い画面」を現代風にアレンジし、現代の劇画を作り上げている漫画家ではないか、という考えのもと、その源流はどこなのかを解明していきます。

※黒い画面=ペンタッチやスミが多いもの

[構成・執筆=川俣綾加]

▼プロフィール
「村岡ユウ(むらおか・ゆう)」
山口県出身、2004年に『ゴリラブ』(別冊ヤングマガジン)でデビュー。2010年からは初の連載『馬鹿者のすべて』(ヤングジャンプ)で不器用で愚直な青年の迷走ドラマを描いた。好きなものはラーメン、温泉、格闘技、松本人志、ファイアーエムブレム。
■代表作:『ウチコミ!!』(週刊少年チャンピオン)『やわらか』(週刊漫画ゴラク)『むねあつ』(スピリッツ)

twitter:村岡ユウ(yuu1220) on Twitter
ブログ:優優自的
▼プロフィール
謎の漫画家・R
デビュー20年を超えた中堅漫画家。ジャンル・出版社を問わずさまざまな作品を発表し続ける。酒を飲むのが好き。マンガ業界の人脈も広い。

「週刊少年ジャンプ」黄金時代だった子どものころ

村岡ユウ先生。この日は進行中のネームも見せてくれました。

村岡ユウ先生。この日は進行中のネームも見せてくれました。(c)秋田書店・週刊少年チャンピオン

— 謎の漫画家・R(以下、R)
村岡先生に対しては、子どもの頃から汗だくでスポーツをしているイメージがあるのですがマンガはどれくらい読んでいたんですか? マンガに触れていたというか。

— 村岡ユウ先生(以下、村岡)
マンガは読むの大好きでしたよ。小学生の頃は『聖闘士星矢』『キャプテン翼』『キン肉マン』をアニメで見て、「これは『週刊少年ジャンプ』っていう雑誌で連載している作品なんだ」と知ってそこから「週刊少年ジャンプ」を読むようになりました。『キン肉マン』や『キャプテン翼』の絵を描くのも好きで、親には「紙と鉛筆さえ与えておえばわがままを言わない」なんて思われていたみたいです(笑)
絵が大好きで色々描いていたんですが、森田まさのり先生の『ろくでなしBLUES』に出会ってからですね、なんだか流れが変わってきたのは。『ろくでなしBLUES』の絵だけは何回模写しても描けなかったんです。

村岡先生の源流には、『ろくでなしBLUES』が。そして『ろくでなしBLUES』作者の森田まさのり先生にもまた、源流が存在するのだ。

村岡先生の源流には、『ろくでなしBLUES』が。そして『ろくでなしBLUES』作者の森田まさのり先生にもまた、源流が存在するのだ。

— R
まさにジャンプ黄金時代を見ていた。森田先生の絵のどんなところが難しかったのでしょうか?

— 村岡
なんでだろう、なぜだか近づけなくて……。見開きをそのまま模写してみても仕上げてみると全然違っていて、とにかくマネできなかったです。
一方で、もしかしたら森田先生には失礼になってしまうかもしれませんがマネできる絵のほうが良いっていう考え方もできる。森田先生にすごく憧れつつも絵の雰囲気を近づけることは難しかったです……。

『馬鹿者のすべて』『むねあつ』『ウチコミ!!』『葬送』を並べてみると、どれも絵柄がガラリと異なる。

『馬鹿者のすべて』『むねあつ』『ウチコミ!!』『葬送』を並べてみると、どれも絵柄がガラリと異なる。(c)秋田書店・週刊少年チャンピオン

— R
小学校を卒業してからも描き続けていましたか?

— 村岡
中学と高校では部活して勉強して寝て、ひたすらそれだけ。マンガを描かない生活を送っていました。大学では挿絵の仕事をもらったりと、イラストレーターの活動も少ししていました。でも、マンガを描き始めたのは大学を卒業して上京した24歳からで、その間マンガは全く描いてなかったです。

=>ある原画展で自分の“源流”を発見!
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