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『はぐれアイドル地獄変』『シンシア・ザ・ミッション』『デビルマンG』

現在「別冊漫画ゴラク」にて『はぐれアイドル地獄変』を連載中の東大文学部出身という高学歴を持つ漫画家「高遠るい」先生。 格闘技色の強い『シンシア・ザ・ミッション』、地球を守る巨大ヒロイン?『ミカるんX』、声優さんを目指す漫画『ボイス坂』などの異色作から、巨匠「永井豪」の名作『デビルマン』をリメイクした『デビルマンG』まで様々な作品を世に生みだしています、そんな高遠先生に赤鮫が噛みつきます!!!
はぐれアイドル地獄変

話題の漫画『はぐれアイドル地獄変』


早速なのですが別冊漫画ゴラクで始まりました最新作『はぐれアイドル地獄変』について話を聞きたいんですが。
高遠るい先生(以下 高遠)――AVに『女格闘家対レイプ魔』というシリーズがあるんですけど、あれの初期に出てくる女格闘家って、たしかに格闘技をかじってる感じの綺麗目なお姉ちゃんだけど、これで格闘家と言っていいのかっていうレベルの子たちで、途中からマニア向け路線というか、がっつりレスリングやってましたみたいな腹筋割れたお姉ちゃんとかでてきて、ある意味本格化はしてくるんですけど、それはそれで、性的な意味ではマニアの方しか喜ばないのでは?というルックスになってしまうわけですよね、見た目が細くて綺麗で強い、というのが見たいわけじゃないですか。

そんな子は現実的にはなかなかいないですけど(笑)
高遠――そうですよね(笑) まあ、漫画だったらいいかと。 だから酷いですよね、オリジナル漫画を描こうという時に、SODの企画AVの二次創作という発想が、あっ、二次創作じゃないです、オリジナルなんですけど(笑) 色が黒くておっぱいのデカい姉ちゃんがいっぱい描きたいという、それだけなんですよ。 本当に単純なんですよ。 それだけだとさすがに漫画として成立しないので、昔から好きだった芸能人似顔絵の要素を入れようと決めて、悪徳芸能事務所の社長の顔を真田○之にして、AV監督の顔を千葉○一にして、汁男優の顔を全部に芸人するっていうのを今やってます(笑)第1話はバナナ○ンの日○さんなんですけど、顔面をおもいっきり殴られるんですけど、どう歪んでもノーマル状態の顔の破壊力に勝てないという、底力を再確認しました。

シンシア・ザ・ミッション

シンシア・ザ・ミッション

先生の作品はファンタジー要素が入った作品が多いと思うんですけど、今回はリアル系でその辺を描くのはどうですか?
高遠――『シンシア ザ ミッション』も格闘技ベースにしてたんですけど、メインキャラクター全員にちょっとファンタジーに一歩踏み込んだ必殺技を持たせてたので、そこを今回どうするかっていうのがあります。 ただ、主人公の使ってる琉球空手の強さはもうファンタジーでいいや、と思ってるんです。昔、C・W・ニコルが沖縄を見て回るTV番組で、首里手系の道場の若い女性師範代が、新聞をクリップで吊るしてそれを突きの衝撃だけでスパッて切る映像を見まして、その人、拳タコ凄いんですけど腕細いんですよ。 それ見た時にこれだったら漫画的に細い女の子が強くても嘘じゃないやって思ったんですよね。

今回の見どころはどんなところですか?
高遠――格闘技的な動きのスピード感を描くということと、女の子のエッチな体を描くということは真逆なんですよ。 女の子を描くときには、肉のムチッとした細部の凹凸を拾うということになるんですけど、物が高速で動くときって、細かい凸凹はスピードに負けてザって流れてしまうんですよね。 たとえば『シンシア ザ ミッション』のときも結局僕が一番苦心したのは、女の子の体や顔を可愛く魅力的に描くということと、格闘技的なスピード感ある動きを描くってことは一致できないということだったんです。 それと、ちゃんと格闘技的な動きをさせようとすると、男ならサマになるのに、女の体つきだと絵にならないポーズが多すぎる。 女の子が格闘アクションする多くの漫画は、その都合の悪い部分をそれぞれ色んな方法で誤魔化しているわけですが、僕もそれを全9巻かけて実験して「難しい!」って答えが出たんです。 それから何年も経って、いろいろ違うジャンルの漫画を描いてきて、女の子の描き方と、格闘アクションの描き方という、対照的な両者の妥協点をとった画面の作り方って言うのが、今の技術ならできるという気がしていますので、絵的な部分については、『シンシア ザ ミッション』のころやっていた無茶な実験から角が取れて今こうなっています、って成果として見てもらえたらいいかな、と思いますね。

この先がどうなるか凄い楽しみにしています。 ここからは先生の人となりを聞きたいと思うんですが、子供のころは何に影響受けて育ちましたか?
高遠――数多くの人がそうであるように、週刊少年ジャンプには多大な影響を受けたと思います。 小学校の時にストライクだったのは『聖闘士星矢』と『魁! 男塾』だったんです。 星矢は星座がメインというものの、無国籍な感じの鎧と、色んなモチーフをごった煮にして現代を舞台にしたファンタジーというものにショックを受けましたね。 男塾は色んな国のウソ武道(笑) 一番衝撃を受けたのは、天兆五輪大武会のオリンポスのアキレスが一輪車の歯車で噛み合わせて人間を地面に埋めるっていう技で、冷静に考えると何故あんな面倒くさいことをしないといけないのかわからないんですけど。 理科の実験のような技がガンガン出てきて、バカみたいにギミックがエスカレートしていく感じ、ウソには違いないけど、とんでもなく複雑な理屈が詰まってる所にシビれましたね(笑)

シンシア・ザ・ミッション

シンシア・ザ・ミッション3巻

他に影響受けたものとかありましたか?
高遠――魔夜峰央先生の『パタリロ』ですね。 あれはご存知の通り同性愛的な物がバンバン出てくるギャグ漫画だったりするわけで、小学校低学年が見ると、耽美な絵で描かれた同性愛って何が何だかわかんないわけですよ。男なのか女なのか?みたいな。

マライヒは女なのか?とかですよね。
高遠――そうなんですよ。 まあ、しばらく読んでいくうちにどうやらそういう世界があるってことは薄々理解ができてくるんです。 当時、本屋に行けば『星矢』のやおいアンソロジーでパカパカ聖衣を脱ぐ少年たちを目撃したりもするし(笑) でも、パタリロの凄さは巻を重ねるごとに、耽美とか毒気の強いギャグから抜けてきて、もうここ最近十年くらいは、読んでいると、老境に入った落語家さんの高座を聞いてるような錯覚におちいっちゃうんですよ。 魔夜峰央先生はパタリロの世界を舞台にしたら何でも描けちゃうじゃないですかSFからファンタジーからギャグまで。 短編読み切り形式の凄み、というものを教えてくれた感じで、あれは星矢や男塾とまた違った意味でやられましたね。

その後にもっと大きな出会いがあったと聞いたのですが?
高遠――中学の時に『グラップラー刃牙』に出会ったことですね。 あの時に格闘技漫画の人間の描き方はこういうのがあったんだとショックを受けて。 人体を描くときに、格闘技の時に動いてる部分と、日常的に動いている部分って違うじゃないですか、拾わなければいけないねじれとか挙動とかが。 僕が一番最初に構図として感動したのが、1巻で末堂が刃牙と戦う前に控室でペットボトルを蹴り上げてパンッて割るところがあるじゃないですか。 この思い切りの良さ、この絵をド正面から描く構図、技がカッコイイというのはこういう見せ方なんだ!と。 格闘技的な動きを描くということは、上手い絵とか小洒落た構図とかを描くとは別のやり方があって、そこを1人でグイグイ行ってる板垣恵介って奴がいるっていうショックはありましたね。漫画の絵としては、正直言えば最初のころの刃牙ってそんなにデッサン的には上手くなかったり、甘いところも多いじゃないですか。ただあの頃も格闘技漫画はいっぱいありましたけど、みんなが捨ててたり拾えてなかった、ねじれとかデフォルメというのを、あのひと1人でガッツリ拾ってたんですよね。 絵のうまい下手というのじゃなくて、漫画界の中でこの人だけが気付いて、この人だけがやってることがある、という発見だったんですよ。 あれは気持ち良かったですね。高校のときは刃牙の研究に生活の半分ぐらいかけてましたね。

板垣恵介先生にドップリだったんですね。
高遠――実はその前段階として、僕が十代を過ごした90年代というのは、ゲームセンターで格闘ゲームが花開いた10年間だったんです。 ストⅡが出て、龍虎の拳、餓狼伝説があって。 格闘ゲームって何が良かったかって、大きいグラフィックで向かい合う2人の技の動きを次々見られるという快感があったわけですよ。 日本の漫画とかアニメの進歩って、映画的なカメラワークを取り入れて、写実的な奥行きのある、リアルな画面作りという方に進化してきたじゃないですか。2D格闘ゲームの画面では人物は常に真横から見られていて、技を何度も見られて、人体の動きをつぶさに観察できる喜びって、カメラアングルとかカット割りに凝ってしまった他のメディアでは得られない快感だったんですよね。

逆に新鮮だったんですね。
高遠――そうなんですよ。板垣先生の格闘描写でよく、地平線がコマの下にビーッて引いてあって、真横から見た二人が向かい合って、そのまま殴ったり蹴ったりしてる絵がありますよね。 それこそ格闘ゲームそのもの。 あれ、言ってしまえばパースもクソもない大嘘なんですよ。 カメラでは撮れない画なんです。ただ、パンチってものが本当に一番カッコ良く見えるのは、どういう打ち方をしてどう効いてるか、というのが明らかに分かる時なんだと。だったら斜め上とか凝ったアングルで撮るんじゃなくて、真横から描いちゃえばいいじゃん、と。格闘的な動きに実はカメラワークってものは邪魔なんだっていうことが、格闘ゲームとグラップラー刃牙の出現で僕は気付かされてしまったというか、漫画とかアニメにおける芸術的な進化とは無縁の「格闘技を描く」というベクトルがあるんだ、と思い知らされたんですよね。
 例えばですけど、ボクシングや空手で内股に立つじゃないですか。 いい歳の男の人が内股で立ってる姿ってあんまり絵にならないですよ。 多くの格闘技漫画だと内股の感じってのはある程度緩和して、絵的に勇ましい立ち方にディフォルメして描かれてたのを、板垣先生はじゃあこのリアルな三戦立ち(空手の内股に立つ立ち方)をどうやったらカッコよく見せられるかって、ひざ下をバカ長く描くっていうところに到達するんですよ。 明らかに絵としては間違ってるじゃないですか。 ただ、太ももはパンパンに丸く描く、ひざから下はスッと長く描くことによって、ちょっとかっこ悪いポーズが、「でも格闘技においては美しいポーズなんだよ」という風に、格闘技をやってない読者にも認識できるようになってしまう。 格闘技を美しく描くということの為にカメラーワークも捨て、人体デッサンの正しさも捨てて、「格闘技的である」ということに他のすべてを奉仕させる、これを確信犯的にここまでやった人はあの人以前にいなかったですし、逆にあの人の出現以降は、これをやるだけで板垣先生のマネになってしまうんですよ。 僕は20代の頃に『シンシア ザ ミッション』という格闘技漫画描いてましたけど、あのときはプロの漫画家としてパクリがどうのとかの観念は捨てて、板垣先生の色々な技法が、他の人間の絵柄や、異なるシチュエーションでどのぐらいの汎用性を持っているのか、未熟者なりに、それを実験するためだけに漫画描いてたようなもんでした。


ボイス坂

ボイス坂

話はもどってしまうんですが、デビューのいきさつは何なんですか?
高遠――大学の時に同人のゲームを作ってる人が学校にいて、その手伝いで絵を描いたりしてたんですけど、そのつてから編集プロダクションやってる人と知り合いになって、ゲームのアンソロジー漫画を商業で描ける人を探してると言うので短編漫画を見せたら、これならOK、と次から描かされるようになったんですよ。

投稿したとかじゃないんですね。
高遠――脇道なんですよ。二十歳ぐらいに週刊少年ジャンプに持ち込みしたんですけど。 漫画家にちゃんとなろうかなと思って。 僕、ジャンプで漫画描こうと思った時に、やっぱ平松伸二先生だなと思って、『マーダーライセンス牙』を女の子でやろうと思ったんですよ。 まあ、牙も半分は女なんですけど(笑) 警視庁の地下の豪華な部屋に囚人として住んでる美少女が、逃亡中の元自衛官で猟奇殺人鬼をハントするという話なんですが、しばらく後になって『バキ』にオリバが出てきたときには、俺すげえな、って思いました(笑) ともかくそれを持って行ったんですけど、ボロクソに言われまして、今考えたらそりゃ言われるわって内容なんですけど、主人公の魅力の王道とは、みたいなことをジャンプの編集者に言われても、全然頭に入ってこなかったんです。 「ルフィーの場合はね、こうでこうこう」って言われても『JOJOの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』と『ハンターハンター』しか今読んでねえしなあ、って感じで、今思うと本当にクソ野郎ですよね(笑)

若かったんですね(笑)
高遠――若かったんですよね~(笑) あの時、ああ自分みたいな感性がマイナーな方に行っちゃってる者は、メジャーに真面目に持ち込みしても無理だなと思って、とにかく裏道でもいいから漫画とかアニメとかの仕事につければいいやと。

開き直っちゃったんですね
高遠――はい、開き直って知り合いがゲーム作ってるのに混ざったり、さほど得意でもないエロゲーの漫画描いたりしてたんですよね。

それが案外近道だったんですね。
高遠――ゲームのアンソロジー出してた会社がオリジナルの雑誌を作る時に、なんか描いてみないですか?ということで描いたのが『シンシア ザ ミッション』だったので、結果としてはその通り近道でしたね、在学中にデビューはできてしまったので。

漫画家になって悪かったことはありますか?
高遠――これはですねえ、ちょっとヒドイことを言います。漫画家をやるような人間は、結局自分の漫画が一番好きなんで、本当は自分の漫画が日本で一番売れて愛されなきゃいけないと思うんですけど、描き続けていると、どうやら世間的にはそうではないと気づかされ続けるので、それは本当に針のむしろに座っているような人生だなと思いますね。 恥ずかしい言い方になりますけど、お話を考えて、描いて、見せるということは、内面をさらけ出して人に分かってもらいたい、というようなことをやってるわけじゃないですか。 それが愛されないということは俺という人間が愛されていないんだ、と思ったりするわけで、「俺が愛されなくて、こういう奴らのこういうものが愛されるのか、世の中は」と思った時に「人間の性、悪なり」という梶原一騎先生の言葉は真実だなと思ったりしますよね(笑)

聞いてて凄くわかります(笑)
高遠――『新カラテ地獄変ボディーガード牙』的なことは考えてしまいますね(笑)

デビルマンG

デビルマンG

ひとつ前に連載が終了した『デビルマンG』について聞きたいんですけど。
高遠――世代的に直撃世代じゃないんですよ。 でも凄い漫画には違いないですし、出来るものなら挑戦したいと思ったのでお引受けをしました。 たぶんもっと描くべき人がいたと思うんですけど、もっと描くべき人達に共通する、デビルマンという作品の刷り込まれ方って言うのが、これまでのデビルマン二次創作の漫画を見てきたときに、僕はあまり健全なものに思えなかったんです。 あの漫画のある部分、ヒロインの死とか、人間の醜い本性とか、一番よく言われる「デビルマンの凄いところ」ばかりを拡大して再生産していっても、本当に同人誌的なものの域を出ないんじゃないかなという気がして。 それとかつて、「世間は東映のTVアニメの印象があるけれど、本当に凄いのは漫画の方で、漫画の方にくらべたらアニメなんて」みたいなことをマニアが語っている時期があったじゃないですか。 たしかに漫画は凄いんですけど、あれが特権的なものだと言うために、他のものはどうでもいいと言わんばかりの態度の大人がすごく嫌だったんですよね。だからこのお話をいただいた時に、いろんなメディアで生まれたいろんなデビルマンを等価値に扱おう、永井豪先生の漫画、たしかに何かに取り憑かれたような勢いで描かれた凄い漫画ですけど、あれだけを特別なものとして崇め奉るような態度は取るまい、と思いましたね。

僕もデビルマンには思い入れがあって大好きな作品なんですけど、高遠先生の『デビルマンG』の1巻読んだ時にビックリしたんですよ。 こういうやり方があったんだと思ったんですよ。
高遠――ありがとうございます。 そうなんですよ、こういうやり方はやられてないと思って描いたんですよね。 デビルマンを下敷きに描かれた漫画って、すでに色々あるわけなんです、よく言われるけど『寄生獣』とか。いまさら、デビルマンっぽい漫画をデビルマンというタイトルで描く必要ないじゃんって思っちゃったんですよね。 だから「デビルマンっぽくなくしよう」というのが1巻のころ一番気をつけてたことで、どこまで上手く行ったのかわからないんですけど。

デビルマンG

デビルマンG 2巻

凄く上手く行ったと思いますよ! オープニングのジンメンのくだりも好きでした。
高遠――原作ではサッちゃんという無垢な少女があんな目にあってしまうことで悲劇性が際立っていたのを、同じ被害者を遊んでいるおバカなお姉ちゃんにして、そもそも人間じゃなくてデーモンとして描こうと決めた時に「あっ、オープニングはもうこれだ」って思いましたね。 ジンメンとサッちゃんとススムくんの話なんですけど、キャラクター性は全く違うという悪ふざけをやれば、この作品の意図はデビルマンを知っている人には理解してもらえるだろうと思って。 自分で言うのもなんですが、デビルマンの漫画としては結構頑張ってると思います。

それは僕も凄く思います。 頑張ってるどころか最高な作品だと思うので『デビルマンG』は多くの人に読んでもらいたいです。 『はぐれアイドル地獄変』もこの先どんな展開になるのかどんな芸人が出てくるのかすごく楽しみです。 今日はお忙しい中ありがとうございました。
高遠――こちらこそありがとうございました。楽しかったです。

(インタビュー・執筆/赤鮫が行く‼︎近藤哲也)

【関連リンク】
赤鮫が行く‼︎
http://ameblo.jp/red-shark1973/

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