カテゴリー: インタビュー

  • 隠れ特撮オタのOL奮闘劇「トクサツガガガ」作者の素顔に迫る!

    「トクサツガガガ」1巻表紙

    「トクサツガガガ」1巻表紙

     

    ※初出時、本文中に不適切な表現がありましたことを訂正してお詫びします。(MangaStyle編集部)

    今回の赤鮫が行く!!は、ビッグコミックスピリッツにて「トクサツガガガ」(※主人公は隠れ特撮オタクの26歳OL。 周囲にオタクだとバレることを怖がり、1人でコソコソとオタク生活を楽しむ彼女の日々を描く物語)を連載中、11月28日には単行本1巻が発売された丹羽庭先生にレ~ッド!シャァ~~クッ・アタ~~ック!!(※特撮風に言ってみました)


    この質問で否定されてしまったら話が続かないんですが、これを聞かないと始まらないので思い切ってお伺いします。先生は特撮好きですか?
    丹羽庭先生(以下、丹羽)――はい、もちろんです(笑)。今は「トクサツガガガ」の主人公・仲村さんぐらいの特撮オタクですけど、実はハマりだしたのは最近で「海賊戦隊ゴーカイジャー」(※2011年放送)を観て面白いな~と思って、「特命戦隊ゴーバスターズ」(※2012年放送)でどっぷりハマっちゃって、Gロッソ(※東京ドームシティーにある戦隊アトラクションショーの専用ステージ。「僕と握手」はここから来ている)まで通っていましたね。そこから過去のもバーっと見始めて、現在に至る感じです。

    ほっ、特撮好きで良かったです。そんなに好きじゃないと言われたらどうしようかと(笑)。先生が最も好きな特撮作品は?
    丹羽―― 一つあげるなら「特命戦隊ゴーバスターズ」が好きです。

    えっ!!また渋い作品がお好きなのですね。
    丹羽――ゴーバスターズとバディロイドの駆け引きや巨大ロボットの戦いをオープンセットで撮影してたり、ゴーバスターズのバックには巨大な組織のサポート体制があったりと妙なリアリティなどが好きでした。 Gロッソのゴーバスターズ素面公演(※テレビに出ている変身前の役者さんも出演しているショーのこと)も何度も観にいきましたよ。

    僕も『特命戦隊ゴーバスターズ』の面が好きでした、あの動物モチーフとゴーグルの融合がカッコよかったですよね。 ところで『トクサツガガガ』の中に出てくる「獅風怒闘ジュウショウワン(獣将王)」は何かモデルにした戦隊とかあるのですか?
    丹羽――特にこの戦隊をモデルにしたって言うのはないんですけど、だいたいレッドって全身赤色が多くなるじゃないですか。でも、白っぽい配色が多いのもカッコいいなと思ったのでそうしました。あとは白い方がトーンを貼るのも楽なので(笑)

    シシレオー、トライガー、チェルダの面(※マスクのこと、特撮オタクはこう呼ぶ)はどうなんですか?
    丹羽――あれはライオン、トラ、ヒョウをイメージしてオリジナルで考えました。戦隊好きなので面を考えるのも楽しかったです。

    今回はなぜこの特撮を扱った題材をはじめたのですか?
    丹羽――最初、どんな作品を描くかという打ち合わせで、純粋に特撮モノを描きたいという話をですね、ナマコが内臓を吐く覚悟(※詳しくは「トクサツガガガ」1集の単行本のあとがき参照)でしたんですけど、担当さんに「特撮の需要なんて少ないんじゃないですか?」って返されて。「そんなことないですよ!たくさん居ますよ!」って言ったんですけど、「周りにはあんまりいないですよね?」「いや、それは隠しているからですよ」「それは何を隠す必要があるの」って言われてしまって、はっ!これはもう文化が違う、と思ったんです。そしたらそのやり取りの内容が面白いってことになって、それでちょっとネーム描いてみて下さいと言われて、そのまま連載に至りました。

    tokusatasu_gagaga

    うわっ、たしかにそのやりとりは面白いですね(笑)ちなみに先生の部屋も仲村さんの部屋みたいにフィギュアやDVDで溢れているんですか?
    丹羽――お金が無かったので円盤(※DVDのこと)は無いんですが細かいフィギュアなどでしたら沢山あります。

    仲村さんの部屋のフィギュアなどの棚の描き方がめちゃくちゃリアルだったので、先生の部屋をそのまま描いたのかなと思ったんですよ(笑)
    丹羽――さすがにあそこまでは無いですよ(笑)

    「トクサツガガガ」では凄く細かいネタが随所に散りばめられていますよね。例えばアトラクションショーのシシレオーの面はアトラク仕様(※面の視界の部分がスモークシールドでは無くて、呼吸しやすいように小さい穴がたくさん空いている)で、ちゃんと横にはパッチン留め(※自分で面を外すことの出来る留め金。テレビのアップで映る時には横には付いていないが、アクション用の面は激しいアクションなどで怪我などをしたり緊急時のときに自分で面をすぐに外せるように外側に留め金が付いている)が付いているし、前回のあらすじも特撮系の絵本のようにちゃんとふりがなや解説が入っていたり、う~ん、細かいな〜!!と唸りました(笑)
    丹羽――おおっ!!気付いてくれてありがとうございます。 ただ、お話自体をマニアックにしすぎると、特撮を知らない人は読んでいても楽しくなくなるので、それ以外のところでこだわりを入れてみました。 そういう細かいのはたくさん入れていますので特撮ファンの方は探して楽しんでください。

    =>家に100冊くらい単行本とサイン色紙がドーンと送られてきて(笑)

  • 月刊少年チャンピオン(秋田書店)にて連載され、単行本の発行部数が100万部を記録した「ハカイジュウ」。一度は完結したものの、12月6日(土)発売の月刊少年チャンピオン1月号から第二部が連載が再開される。そんな「ハカイジュウ」の作者・本田真吾先生とはどんな人物なのか?MangaStyle編集部が話を聞いてみた。

    「ハカイジュウ」1巻表紙。

    「ハカイジュウ」1巻表紙。


    MangaStyle編集部(以下、M):本日は本田先生の漫画家になるまでの遍歴から、「ハカイジュウ」第2部制作の秘話までをお聞かせいただきたいと思います。よろしくお願い致します。
    本田真吾先生(以下、本田):はい、よろしくお願いします。

    M:早速ですが、本田先生は小さい頃はどんな子供でしたか?
    本田:覚えているのは幼稚園の頃「キン肉マン」を毎週欠かさずビデオに撮って観てたことですね。空で台詞が言えるくらい好きでした。今でも覚えていますし…。あとは絵も一応好きで、「キン肉マン」のサンシャインなんかを幼稚園児なりに立体的に描いたりしてました。仲いい友達で絵がうまい子がいたのでそいつと切磋琢磨しながら描いて。それから小学生に上がると細かい迷路を描くっていうブームがきまして(笑)。

    M:あー、ありましたねえ(笑)。
    本田:それにハマって、細かい迷路を家で1人ずーっと描いていました。中心から描いていってノートいっぱいになるまで描くんですね。そのときに一気に視力が下がってしまったんですが、迷路描くのやめたら普通に戻りました(笑)。その頃はあまり漫画を読んでなかったんですが、五年生くらいになって「ドラゴンボール」が載ってるということで週刊少年ジャンプを読み出して。

    M:先生は現在36歳ということですので、「ドラゴンボール」だとほぼリアルタイムな世代ですね。
    本田:そうですね。僕が読みだしたのは2回目の天下一武道会編あたりで、そこからラディッツ、べジータなんかが登場して…。その辺で中学1年くらいでしたかねえ。

    M:ジャンプ以外に漫画雑誌は読まれていました?
    本田:いや、ジャンプをひたすら読んでました。(ジャンプ発売日の)月曜日は人と会いたくないんですよ(笑)。ジャンプ読むから誘わないでくれって友達にも言って。それで月曜日に買ったジャンプを一週間ずーっと読むっていう(笑)。だからジャンプ以外読んだ覚えがない、というか他の雑誌を読む機会がなかったんですね。

    M:「ドラゴンボール」以外で好きなジャンプ漫画は?
    本田:「幽遊白書」とか「ダイの大冒険」とかはもちろん読んでました。それから中学2年のときに学校で「寄生獣」が流行って回し読みしたんですけど、その時に「ジャンプの漫画以外にもこんな面白いのあったんだ!」って知り、「うしおととら」とかを読むようになって。でも人生のバイブルは「寄生獣」ですね。

    M:「寄生獣」と「ハカイジュウ」のデザインは繋がるところがある気がします。当時から特殊生物のようなグロテスクな絵は描かれていたのですか?
    本田:全然描かなかったです(笑)。どっちかっていうと棒人間みたいな絵描いてましたね。棒人間がかめはめ波を打ってるみたいな。あとドラゴンボールの爆発、爆風みたいなのばっか描いてましたよ(笑)。人物は適当に棒人間で、その先が爆発してるってのを一生懸命描いていました。

    グロテスクな特殊生物が「ハカイジュウ」の魅力だ。

    グロテスクな特殊生物が「ハカイジュウ」の魅力だ。

    一日一コマとか描いて、あぁやったぁ‥頑張ったなぁ‥今日って(笑)

    M:なるほど。中学・高校の頃の話をお伺いしますが、部活動は?
    本田:部活はハンドボール部を一応やっていて。だけどあんまりやる気のないほうだったので中2くらいのときに、みんなで一斉に辞めたんです(笑)。高校もハンドボール部だったんですけど、そっちは一応3年間やりました。

    M:ハンドボール自体は好きだったんですね。
    本田:それも微妙なところですね(笑)。やっぱり基本的にインドアなんで運動自体はあまり好きではなくて。一応、高校には漫画研会とかあったんですけど、女子ばっかり集まって漫画を描いていたので、ここには入れねえなあ…って。

    M:高校時代にオリジナルの漫画作品を描いた事は?
    本田:全くないです。高校の頃は割とハンドボールをしっかりやってたんで、漫画を描くということはしなかったです。描きたいなとは思ってたんですけど。ただ描き始めたきっかけは受験勉強で、現実逃避のためにノートに描き始めたのが、なぜか勘違いして「やっぱり漫画家の道だな」って(笑)。

    M:ちなみにそのときの作品の内容はどんな感じのものでしたか?
    本田:そのときも全然作品って感じじゃなくて、適当に人間が殴ってるポーズだけとか(笑)。で、高校を卒業して一応自宅浪人をしていたんですけど、全く勉強する気も起きず机にも座らないんで絵も描かず(笑)。ほんとただ寝てるだけっていう糞みたいなニートでしたよ(笑)。
    そのとき親に「働けや!!」って叱られて、バイトしながら半年くらい過ごしてたんですが、ふと「俺、漫画の描き方わかんねぇーな」って思って漫画の専門学校に入ったんです。そこで学校の関係者に紹介してもらってプロの漫画家のアシスタントになって…5.6年はそこでやっていたかな。

    M:同じ先生のところで5年も勤められていたんですね。
    本田:そうですね、でもちゃんと週4とか週5で入ってたのは最初の2年弱で、そっから4年くらいは週一にしてもらったんですよ、自分の漫画を描くために。で、週一にしてもらったらまた描かないで(笑)。糞みたいなニートに戻ってひたすらダラダラしてました。一日一コマとか描いて、あぁやったぁ‥頑張ったなぁ‥今日って(笑)。そんな感じで全然進まなくて、最初の持ち込みの漫画を描き上げるのに2年かかりました。

    M:その持ち込み作品はどういう内容だったのですか?
    本田:ハンドボール漫画でした。

    M:なかなかニッチなジャンルですね(笑)。ハンドボール漫画といえばジャンプで連載していた「大好王(ダイスキング)」(道元宗紀)を思い出しました。
    本田:もう一つジャンプで「H本田ND’S-ハンズ-」(板倉雄一)ってのがありましたけど(笑)。僕が描いたやつは我ながら酷い内容だったなあ(笑)。

    M:それはチャンピオンの方に持ってかれたんですか?
    本田:そうですね。一応月刊ジャンプと月刊少年チャンピオンへ持って行ったのですが、感触のよかった月刊チャンピオンでやることになって。

    M:持ち込んだ時は編集者さんからどのようなリアクションでしたか?
    本田:ジャンプの編集の方は表紙を見たときに「おお!きたっ!」って思ったらしいんですよ。ただ内容を見て秒数でこりゃダメだと(笑)。

    M:では画力では認められていたんですね。
    本田:そうですね。画力的には割と評価いただいて、今度から打ち合わせしてネームを二人で作っていきましょうみたいなことは言われたんですけど、なんかジャンプ特有の威圧感みたいなものを凄く感じてしまって(笑)。

    M:月刊少年チャンピオンの方へシフトしていったと。
    はい、チャンピオンはまず編集者さんのキャラにビックリしました。(秋田書店の)ロビーで待ってたんですが、向こうからひげ面でアロハシャツを着たピアスだらけの、まるでクローズのキャラみたいな人が近づいてきて(笑)。なんかこっちくるけど…まさか!?いや、こんな編集いないよね?来るな!来るな!って思ってたら、「どうも初めまして」って(笑)。でも見た目はそんなのだけど、割と腰の低い方で僕の作品も持ち上げてくれたんです。なので賞とか出してくれるのかな?って思ったら、「いいねー!でもこれは一旦置いといて」って言われて(笑)。次の描こうって。とにかく絵は褒められるんですけど、内容的に無理だなっていう感じでしたね。

    M:そこから連載デビュー作の「卓球D本田sh!!」に繋がるのでしょうか?
    本田:一応、その次はダーツの漫画を描いたんです。それが佳作を取ったので、その次に卓球の読み切りを描いたら50万円の賞を取って。これが月刊少年チャンピオンに掲載されました。その作品をベースとしたヤンキー卓球漫画が「卓球D本田sh!!」ですね。

    「卓球Dash!!」1巻

    「卓球Dash!!」1巻

    =>断然筋肉だけのおっさんを描くほうが楽しい。

  • 「マンガ家は、雑誌は、どう生き残るのか」を考えさせられた。(右からIKKI編集長代理の湯浅さん、マンガ家の西島さん、デザイナーの柳谷さん)

    「マンガ家は、雑誌は、どう生き残るのか」を考えさせられた。(右からIKKI編集長代理の湯浅さん、マンガ家の西島さん、デザイナーの柳谷さん)


    日本のマンガ市場はこれまで、「雑誌での作品発表→単行本化」で作品が世に出回り、成立してきた。しかし近年、様々な規模のマンガ雑誌の休刊が相次いでいる。紙媒体での発表の場が減る中、マンガ家はどう生き残ることができるのか。

    10月18日、下北沢の「本屋B&B」で開催されたトークイベント「IKKI休刊とこれから~コミック雑誌の未来、漫画家の未来〜」で示された、雑誌「IKKI」休刊後の「マンガ家西島大介」の新たな挑戦からは、そんな生き残るための方向が垣間見えた。

    当日会場では、雑誌「IKKI」のほか、西島さんの既刊単行本や限定部数のZINE「なんでもありZINE全集」を販売した

    当日会場では、雑誌「IKKI」のほか、西島さんの既刊単行本や限定部数のZINE「なんでもありZINE全集」を販売した


    登壇したのは、「IKKI」編集長代理の湯浅生史さん、マンガ家の西島大介さん、デザイナーの柳谷志有さんの3人だ。西島さんはIKKIコミックスから『ディエンビエンフー』の単行本を発売しており、湯浅さんが編集を担当している。柳谷さんは『ディエンビエンフー』の装丁のほか、「IKKI」本誌の表紙デザインも手がけていた。

    なんと当日の音楽は、デザイナーの柳谷志有さんが「DJ柳谷さん」として担当。ダブなどが流れゆったりしたムードに

    なんと当日の音楽は、デザイナーの柳谷志有さんが「DJ柳谷さん」として担当。ダブなどが流れゆったりしたムードに


    休刊後、イベント開催を活発化した編集部

    第1部のお題はずばり「IKKI休刊」。

    写真3)
    普通は雑誌の休刊が決まると、編集部の動きは縮小するもの。しかし「IKKI」の場合、休刊が決まった後に全国のミュージアムで大原画展を開くなど、むしろ最後の大花火をいくつも打ち上げたようなイメージがあった。

    ――西島大介さん(以下西島) 休刊になるのに、いろいろ元気にイベントやっていますよね。こういうのってあんまりないんじゃないですか。
    ――湯浅生史さん(以下湯浅) マンガ家の方に休刊の連絡をしたあと「おとなしく終わりたくないよね」という話になり、大原画展やIKKI-FESにつながりました。

    2006年、西島さんがIKKIに参加

    西島さんと「IKKI」に縁ができたのは2006年。角川版『ディエンビエンフー』を当初連載していた雑誌「COMIC新現実」が休刊となり、縁があって「IKKI」に移った。何度か担当編集者が変わり、湯浅さんは3代目だという。

    連載がスタートしたときの「IKKI」本誌の表紙

    連載がスタートしたときの「IKKI」本誌の表紙


    「IKKI」連載第1回では見開きカラーページも。水彩で着色したフルカラー原画だったが、現在単行本に収録されているのは白黒印刷にふさわしいように一色で描き直したもの 

    「IKKI」連載第1回では見開きカラーページも。水彩で着色したフルカラー原画だったが、現在単行本に収録されているのは白黒印刷にふさわしいように一色で描き直したもの 


    ――西島 月刊誌の連載ということで「やったるぞー」という気概が伝わってきます。
    ――湯浅 当時の「IKKI」は『ぼくらの』『フリージア』が軸を作っていて、ちょうど黒字だったんです。オノ・ナツメさんの『さらい屋五葉』や五十嵐大介さんの『海獣の子供』もやった頃で、06~07年の2年間は黒字だったんですよね。よく見ると、松本大洋さんはいない。松本大洋さんを柱に始まった「IKKI」だけれども、松本大洋さんが描いていない時期なのに黒字だったんですね!

    『ディエンビエンフー』連載開始のときのラインアップ。『ぼくらの』などが掲載されていた

    『ディエンビエンフー』連載開始のときのラインアップ。『ぼくらの』などが掲載されていた


    ――西島 幸せな時期にデビューさせてもらったと思いますよ。月刊誌に載せてもらえるのが自分としては珍しくて、そのワクワクがありましたね。このときは「IKKI」が終わるなんて思っていなかったです。

    2010年、『ディエンビエンフー』は「IKKI」誌上での連載を終了。これ以降は「単行本描き下ろし」という作品発表スタイルに切り替わったが、予定通りには進まず大幅に遅延した。

    2010年9月号に掲載された連載終了のお知らせはファンを驚かせた

    2010年9月号に掲載された連載終了のお知らせはファンを驚かせた


    ――湯浅 なぜか連載が終わることになりまして。
    ――西島 単行本8巻が出たころですね。当時の担当編集と江上編集長から「西島さん、連載が終わるってどうですかね」と終了の打診がありました。その理由は、「原油危機で紙が高くなっていて、雑誌を薄くしないといけないから」とのことでした。
    ――湯浅 それもよく打診しましたね(笑)
    ――西島 本当ですよね。休刊のお知らせよりかマシだけど。でも、雑誌の売り上げを引っ張るほどの力はないけれど、雑誌がなくても自立できる作品が『ディエンビエンフー』という作品だと編集部が判断したのかなと考えました。あと、僕がスタートした時のように、雑誌上で発表することが大切な作家さんもいっぱいいるだろう。第二部からは部隊が解放戦線側だし、ベトコンのゲリラ兵士がトンネルに隠れて戦うように連載から消えるのも作品のテーマ的に正しいかもしれない、と思ったんです。
    ――湯浅 雑誌は32ページ分をひとまとまりと考え、32ページをいくつか束ねて雑誌にします。17束だったのが、当時13束まで、つまり128ページ分減らさなければいけなかった。編集長は雑誌のコストも懸命に考えていて、あれこれやってなんとか採算が取れるラインに近づけようとしたのだと思う。06~07年に黒字を達成したあと、だんだん(売り上げが)下がってきて、もう17束は支えきれなくなったから、シュリンクさせて小さな所帯にしなきゃいけなくなった。
    ――西島 リストラされたっていうことですかね(笑)。まあ在宅勤務に近い感じになって、僕もいいじゃないかと思ったんですよね。ただ、“毎月”がなくなると、(締め切りに)間に合わなくなりました。描き下ろしの体制に移行して、雑誌の大切さがわかりました。

    その後、『ディエンビエンフー』は、2010~14年の間に3冊単行本が発売された。東日本大震災が起こったことを考えると「悪くないペースだった」(湯浅さん)とのことだ。

    ――西島 震災があった後、多くのマンガ家さんが「このままマンガを描いていていいのか」と悩んで、それぞれの方法で乗り越えたりしてたんだと思うのですが、僕は休載して描き下ろしに移行していたからそこに悩むことはなかったですね。連載もない状態だったので、むしろ今描きたいものを素直に描いてみようと、『ディエンビエンフー』はほったらかして『すべてがちょっとずつ優しい世界』(講談社)や『Young,Alive,in Love』(集英社)など震災をテーマにした作品を連載し始めました。

    西島さんが雑誌での連載をやめてから4年後、「IKKI」は休刊となった。このことに西島さんは「純粋にびっくりした」という。

    =>デザイナー、柳谷さんが見せる『ディエンビエンフー』の世界

  • Arusen762
    懐かしくて、かわいくて、せつなくて、つらい。1ページで心を揺さぶる物語『今日の漫画』。

    作者は今年、Twitterで泣ける1ページ漫画としてたちまち話題となった史群アル仙さん。大阪を中心にクレパス作家、ライブドローイングなど、漫画家の枠におさまらないアーティストとしても活躍している今年もっとも注目の新人作家の一人です。
    昭和の画風を受け継ぐ作品から、年配の男性作家を想像するも、90年生まれの女性と分かるとファンからも驚きの声があがりました。

    10月に刊行した初の著書『史群アル仙作品集 今日の漫画』(ナナロク社)は、人気デザイナー名久井直子による装丁でコミックスとしては珍しいハードカバーでの1冊。通常のコミックスの2倍近い価格にも関わらず、刊行3日でたちまち増刷。現在1万部を突破するヒット作となっています。

    MangaStyleも五月に開催されました史群アル仙さん東京初の個展「COMPLEX2」の様子をレポートさせて戴きました。
    個展から半年が経過し、いよいよ初の単行本を刊行された史群アル仙さんに現在の心境を伺いました。


    -単行本化おめでとうございます。Twitterの評判から、書籍化という流れを経てご自身の作品が書店に並んでいるという事に対して現在どういった感想をお持ちでしょうか?

    史群)  書店に並んている自分の漫画本を見て、コレは他人が描いたんじゃないか?とまだ思ってしまいます。 このように嬉しすぎて実感がわかない反面、じーんとして泣けてくる時もあります。

    -1ページ漫画・短編漫画は短い分、凝縮したアイデア出しが必要になると思いますが、創作のコツがあればお聞かせください。

    史群)  読者の皆様の想像力を大切にしているため、不必要な情報はできるだけ排除するようにし、台詞も必要な言葉だけをシンプルに並べていきます。 その分、コマの中の画で遊んだりして、読者の皆様に楽しんで頂けるように心がけています。

    -単行本の中には動物との交流といったモチーフが多数出てくるのですが何故動物を登場させるのでしょうか?

    史群)  私が日常の中で、人が動物のように、動物が人のように思えたりするからです。

    -単行本左ページに漫画ページと併記してあります一連のイラスト群には同じキャラクターが見受けられますが、どういったテーマでお描きになられたのでしょうか?

    史群) あれは自画像と美女を描いた「美女とアル仙」というシリーズです。 日々湧き上がる感情を美女と自身を絡めた画で表現しています。 全て下書きをせずに一発描きで描いているため、私自身もどんな絵になるのかは完成するまで解りません。

    -今回MangaStyleのトリビュートイラストの企画に『奇子』を御寄稿いただきまして誠にありがとうございました。『今日の漫画』の中にも『ウラックジャック』というとても楽しいオマージュ漫画が掲載されていますが、手塚治虫作品の中ではどんな作品がお好きでしょうか?

    史群)  やはり「ブラックジャック」が一番大好きです。20ページほどにあれだけストーリーがつまっていて、1コマ1コマに無駄がなく、1話読むごとに映画を1本観終わったほどの感動があります。 小さい頃から漫画のお手本にしていました。 勿論「奇子」も。奇子の運命に胸が苦しくて吐きそうになりながら読みました。 伺朗兄ちゃんの「奇子……泣くな 闇はおめの世界だど!生きのびろよ……」という台詞と、ラストの奇子の笑顔を思い出し、今回、絶対描きたいと強く思いました。

    『手塚治虫の美女画展』×『MangaStyle』手塚作品トリビュート・イラストギャラリー/紫群アル仙 『奇子』

    『手塚治虫の美女画展』×『MangaStyle』手塚作品トリビュート・イラストギャラリー/史群アル仙 『奇子』

    -『今日の漫画』の中でご自分で印象に残っている作品、好きな作品、や創作時のエピソード等ありましたらお聞かせ下さい。

    史群)  「可愛いヨッちゃん p.29」は自分自身でも答えが見つからない作品でとても印象に残っています。「愛した女(ひと)p.55」「元気が無い p.47」は日頃抱き続けてる心情をそのままイメージして描きました。

    -単行本の『史群アル仙の日々』は『今日の漫画』とは違ってユーモラスな印象を受けます。人の暗部に焦点を当てた作品が多い『今日の漫画』『短編3作』との描き分けや、読者へのアプローチはどういう違いがあるのでしょうか?

    史群)  「今日の漫画」は様々なキャラクターを登場させて、心の叫びや様々な訴えを描いていますが、「史群アル仙の日々」はそんな自分の思考回路を面白おかしく感じてしまった時に描いています。

    -あとがきや付録のポストカードでは自画像と思われるキャラクターの明るい表情が見られます。今後ご自身の作品はどういった方向性に向かわれると思いますか?また描いてみたい題材はありますか?

    史群)  まだまだ漫画家として未熟なので、感情のままに描く作品が多いのですが、いずれは、カッコ良かったり、楽しく幸せな漫画も描きたいと思います。 色んな題材にどんどんチャレンジしていきたいです。

    -『今日の漫画』の単行本を読んでくれた読者、またはこれから読んでくれる読者の皆様へ一言ありましたらお願いします。

    史群)  皆様の応援のおかげでこうして素晴らしい本が生まれました。本当にありがとうございます。 生きていると辛いことも沢山あるけれど、私の漫画を読んで、共感したり笑ったりして下さい。私も頑張れます。 頑張ります!頑張りましょう!これからも、どうか宜しくお願いします。


    Twitterから遂に単行本のデビューを果たした史群さん。書店に著作が並ぶ事によってより多くの読者の目に作品が触れることになり今後の展開がさらに楽しみです。

    11月から秋田書店『Championタップ!』にて新連載『臆病の穴』もスタート。今後もMangaStyleは史群さんの作品に注目していきます。


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    【史群アル仙プロフィール】

    史群アル仙。漫画家・クレパス画家。昭和漫画に影響を受けた懐かしい画風の漫画と不可思議な世界観のクレパス画、二つの顔を持つ。

    2014年ツイッターにて1ページ漫画「今日の漫画」を発表。10月にナナロク社より初の漫画単行本を刊行。
    11月より秋田書店『Championタップ!』にて連載スタート。また、アートフェストP.A.D.ではライブペインティングなどで出演。

    ■史群アル仙 BLOG : 史群アル仙のHPARUSEN ROOM
    ■史群アル仙 twitter : @shimure_arusen

    【書籍情報】
    『史群アル仙作品集 今日の漫画』
    刊行:ナナロク社
    ブックデザイン:名久井直子
    判型:B6サイズ上製
    定価:1,200円+税
    頁数:184ページ
    発刊:2014年10月上旬


    ■関連リンク : 『手塚治虫の美女画展』×『MangaStyle』手塚作品トリビュート・イラストギャラリー

  • クラウドファンディングで見事「あいこのまーちゃん」プロジェクトを達成したやまもとありさ先生が登場

    こちらのインタビューは9月19日に放送された「みっつBAR」という、マンガ家のなかむらみつのり先生がBARのマスターに扮し、漫画家や漫画原作者など漫画関連の豪華ゲストをお迎えして漫画や人生についてグラスを片手に語り合うニコ生番組の中で行なわれたものです。

    今回のゲストは漫画家のやまもとありささん(ex「あいこのまーちゃん」)。「あいこのまーちゃん」は今年6月にWeb漫画サイト「コミックぜにょん」でやまもとさん初の連載作品として始まるはずでしたが、編集部の独断により開始2日前に連載中止となりました。 そのことは漫画ファンの間で大きな話題となり、やまもとさんは現在は連載中止となった『あいこのまーちゃん』を電子書籍販売すべく、クラウドファンディングで資金を募りながら、作品の執筆を続けています。 漫画家デビューまでの道のりや連載中止からクラウドファンディングで執筆を再開するまでのお話、創作へのこだわりをたっぷり語っていただきます。

    では、さっそくどうぞ。

    1

    なかむらみつのり(以下 :マスター):漫画家 なかむらみつのり&佐藤秀峰presents「みっつBAR」がOPENします。毎回豪華ゲストを迎えて、漫画や人生についてグラスを片手に語り合います。 第8回目となる今回のゲストは、漫画家のやまもとありささんです。やまもとさんはこれまで何本かの読み切りを発表している新人マンガ家さん。連載作品はまだありませんが、現在執筆中の「あいこのまーちゃん」が初連載&代表作となる予定です。

    「あいこのまーちゃん」は今年6月にマンガWEBサイト「コミックゼノン」で、やまもとさん初の連載作品として始まるはずでしたが、編集部の独断により開始2日前に連載中止となりました。そのことはネットニュース記事にも取り上げられ、マンガファンの間でも大きな話題となったことは記憶に新しいですね。今日はその辺りのお話を突っ込んでお聞きしたいと思います。さらにやまもとさんは現在、クラウドファンディングで資金を募りながら、作品の執筆を続けているということで、そのお話もたっぷりお聞きしたいと思いますよ。果たして今宵はどんな話が飛び出すのやら。バーの夜は更けていきます。ということで、本日のゲストはやまもとありささんです。今日はよろしくお願いします。

    やまもとありさ(以下:やまもと):こんにちはー。

    マスター:という訳で、まずはいつものように、やまもとさんのプロフィールから。

    佐藤秀峰(以下:店員S):はい。アシスタントの佐藤秀峰です。やまもとありささんのプロフィールをご紹介させて頂きます。やまもとありささんは日本のマンガ家です。「進撃の巨人」が大ヒットしている諌山創さんの作画スタッフを、2012年6月から2014年3月までの1年半に渡って勤めておられました。 スタッフをしている間の2013年にコミックゼノン4月号で読み切り「路上の唄」でデビュー。同年、週刊ヤングジャンプ16号で原作・福星英春さん、作画やまもとありささんで、「宗像くんと日下部さん」という読み切りを掲載しております。その後、2014年コミックゼノンで「空のスペルマ」という読み切りを掲載しております。現在は「あいこのまーちゃん」執筆中ということです。

    あいこのまーちゃん

    あいこのまーちゃん

    マスター:はい、ありがとうございました。今回「あいこのまーちゃん」が話題になっていますが、そのお話を伺う前に、まずは「やまもとありさ」という漫画家がどうやって漫画を描くに至ったかをお聞きしたいと思います。そもそも漫画を描き始めたきっかけは?

    やまもと:描き始めたのは小学校1年生の時です。アニメの影響でそれをパクッて描いたのが第1作目ですね。当時NHKでやってた「アリス探偵局」っていう推理物のアニメあって、それを「ありさ探偵局」ってもじって推理マンガを描いてたんですよ。

    出典 http://www.amazon.co.jp/アリス探偵局I-DVD-佐久間レイ/dp/B009Z458UO

    出典 http://www.amazon.co.jp/アリス探偵局I-DVD-佐久間レイ/dp/B009Z458UO

     

    それがクラスメイトにウケたんで、次は当時「金田一少年の事件簿」が流行ってたので、クラスメイトを主人公にして、パロッて描いたり…流行ってたものと友達を当てはめてマンガにするっていうことをしてましたね。

    出典 http://ecx.images-amazon.com/images/I/511GDPN2Q0L.jpg

    出典 http://ecx.images-amazon.com/images/I/511GDPN2Q0L.jpg

     

    マスター:小学1年生の時に「金田一」かよ…。「金田一」が流行った時にはオレはもうおじさんだったよ。でも、そういう遊びから漫画を描き始めたというのは、よく聞くお話ですね。でも、そこからプロもを目指そうとなるには、どこかに投稿したり賞を獲ったり、何かきっかけが必要だと思うんですけど、それはどこから?

    やまもと:小6の時に「りぼん」に投稿してますね。

    マスター:え!?小6で?

    やまもと:小6で4コママンガを描いて「りぼん」に投稿したら、一番下のBクラスっていうのに名前が載って。「りぼん」って応募者全員名前が載るんですよ、今は分かんないですけど。 すっごいちっちゃく名前が載ってて、その時は「うわー嬉しい!」と思ってました。

    マスター:それでその時はどんなマンガを描いてたんですか?

    やまもと:4コマ漫画なんですけど、パンダと女の子が絡むストーリー的なマンガを描いいました。今流行ってるじゃないですか?ストーリーになってる4コママンガ。それを描いたら4コママンガはストーリーにする必要はないっていうことを講評で返ってきて、必然性がないってことが書かれてて。一行、二行でしたけど。

    マスター:時代が早過ぎたんですかね。少年誌とか青年誌だと賞に入らないとコメントなんてくれないようなイメージですけどね。そっからマンガ家になろうって決めてたんだ?

    やまもと:小1くらいのときから漫画家にはなりたいとは思っていました。でもペン握ったのは小5くらいですね。 「りぼん」に送った後は、地元の新聞のマンガ賞に出しました。2、3本くらい。高知新聞の「黒潮マンガ大賞」という賞で、それは全国公募なんです。それが毎年6月に締め切りで、中1頃からちょこちょこ出してたんですが、20~21頃に初めて賞を獲りました。

     

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    ※「黒潮マンガ大賞」
    高知新聞社が1989(平成元)年の本紙創刊85周年を記念して創設した。第1回から第17回までは「コマ漫画」と「ストーリー漫画」の2部門で実施し、2006年の第18回からは「ショートストーリー漫画部門」に一本化した。ストーリー漫画に特化する形で、プロの漫画家として活躍できる才能を発掘していく。審査員はくさか里樹さん、西原理恵子さんと小学館の漫画雑誌編集者。大賞、準大賞、入賞のほかに「編集者特別賞」があり、小学館が発行する漫画雑誌などへの作品掲載の道も開かれている。6月下旬締め切りで募集、8月上旬の高知新聞に作品を掲載して発表する。

    公式サイトhttp://www.kochinews.co.jp/kurosio_manga/kurosio_top.htm

    マスター:その黒潮マンガ大賞っていうのは入賞するとどうなるの?

    やまもと:最初は西原理恵子先生とくさか里樹先生が審査員をされてて、後から八巻さんっていう小学館の編集者の方が審査員を務められていて。それで賞を頂いて、受賞者全員に八巻さんが面談して下さるんですよ。今後プロになるにはどうするかっていうのを個人で2時間くらい面談して。

    店員S:ちなみに八巻さんという方は、西原理恵子先生の担当編集者で小学館の名物編集者ですね。西原理恵子さんの画力対決の司会もされている方で、非常に企画がお上手な方という印象です。

    マスター:それでどういう話をされたんですか?

    やまもと:その時は上京してなかったんで、上京を勧められましたね。「マンガ描くなら上京しろ」って。私は東京に行きたいと思ってて、バイトしてお金貯めてたんで、もう決意は固まってたんで、「じゃあ行きます」と。東京に出てきたのは21歳ですね。

    店員S:そこからはどんな人生を?

    やまもと:上京はしたんですが、地元でバンドをやってたこともあって、すぐに地元に帰りたくなったんですよ。なので未練がないようにって漫画の専門学校に通って、でも、それは1年で辞めて、そこからアシスタント生活ですね。バンドはいろいろやってました。着ぐるみ着てギター弾いたりとか。楽しかったんですけど、私が辞めてバンドも解散してという感じですね。

    マスター:当時はバイトとかしながら?

    やまもと:そうですね、コンビニでバイトをしながらマンガ描いていました。その後専門学校2年目になってからアシスタントを募集してたので、それで応募したら受かったので、アシスタントしながら学校に通ってたんですよ。でも両立が難しくなってアシスタントの方が勉強になるなと思って、専門学校を辞めてアシスタント1本にしました。その時は連続で10日くらい入ってたんでキツかったですね。

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    マスター:初めてのアシスタントで、マンガの世界に触れてみてどういう感じでした?

    やまもと:ええっと…プロの技を初めて目にしたっていう感じですかね。プロの原稿を見て、「紙一枚なのにこんなに世界が広がるんだ!」と思って。そこでは1年半くらいやって、そこから転々とヘルプとかいろいろ。何カ所くらいだろう…多分7.8カ所くらいは、1日2日のヘルプ合わせたらそれくらいです。

    店員S:アシスタントと言えば、2012年6月から「進撃の巨人」諫山創先生の作画スタッフを務めてらっしゃるんですよね?

    出典 http://www.amazon.co.jp/進撃の巨人-1-少年マガジンKC-諫山-創/dp/4063842762

    出典 http://www.amazon.co.jp/進撃の巨人-1-少年マガジンKC-諫山-創/dp/4063842762

    マスター:「進撃の巨人」はどんな感じでした?

    やまもと:えーとそうですね、駅前で待ってて、「あ、初めまして」みたいな。「お願いしますー」みたいな。で、仕事が始まってトーン(貼り)から。

    マスター:諫山先生は(作業は)デジタルとアナログを分けてらっしゃるの?

    やまもと:いや全部アナログです。

    マスター:あ、やっぱそうなんだ!枠線とかも全部アナログ?

    やまもと:そうですね、原稿用紙に描いていく感じです。作業は主に壁を描いたり…、トーン貼ったりですかね。いろいろです。

    マスター:あれだけの作品ですから描きこみもすごいじゃないですか?アシスタントは何人くらいいたんですか?

    やまもと: 席は3つくらいで、7~8人くらいで回してた気がしますね。月刊なので選びたい日数を選んで入るみたいな。時間もすごくきっちりしていて、「何時から何時まで」みたいな。すごくきっちりしてました。

    マスター:その時に自分のネームを(諫山)先生に見せたりしないんですか?

    やまもと:したことないですねえ。忙しそうですし。

    マスター:アシスタントやってる時にいろんな編集者さんたちが来るでしょ?その時に「この子のマンガを見てやってよ」みたいなチャンスはないの?

    やまもと:特に…。でも、編集者の方はたまに来てました。後、取材とか。カメラが来てる時とかありましたね。私もちょっとだけテレビに映りました。

    マスター:それもあるけど、そこからデビューのチャンスみたいな?

    やまもと:う〜ん…、特に…。

    マスター:いや、何かあるでしょ?

    店員S:あの…、そんな「売れっ子の近くにいたらオコボレがあるでしょ?」的な話をしつこく…。さて、やまもとさんはいよいよ2013年にコミックゼノンで読み切り「路上のうた」という作品でデビューします。その時の話なんかどうですかマスター?

    マスター:そうそう、その時の話を聞きたかったんだよ!そこは持ち込みですか?投稿ですか?

    やまもと:投稿ですね。投稿して賞に入って、受賞作がデビュー作です。その前にも「ちばてつや賞」で一度賞を頂いていたんですけど。ちば賞は3.4年前くらいかな…。そちらは賞を頂いて、そこで「原作つきのお話で頑張ろう」ってなってたんですけど、形にならなくて。ずっとネームをやりながら先が見えない状態で、原稿描きたいなって思ってて。たまたま知り合いがゼノンに載ってたので、ゼノン買って読んでたらマンガオーディションっていう賞を募集してたので…なんか「セリフなしで8ページから19ページくらいのマンガを募集」っていう内容だったんですよ。 で、セリフなしなら楽だなって思って。気休めっていうか、もう原稿が描きたかったのでそれに出そうって思って出したら、賞を頂いて2.3カ月後に載ったって感じですね。

    店員S:これが「路上の唄」ですね。

    「路上の唄」

    「路上の唄」

    やまもと:はい。もう初めて載ったんですっきりしたっていうか。「ああああ、やっとかよ!」みたいな。

    店員S:このあとすぐに週刊ヤングジャンプに「宗像くんと日下部さん」という読み切りが掲載されてるんですね。原作付きで福星英春さん。

    やまもと:そうです。福星英春さんがヤングジャンプで担当を持ってて、ネームが通ったので描いてくれないかっていうことで、知り合いだったので、私が絵を描くということになって。 いや、でもアンケート全然人気がなくて…。ラブコメのギャグみたいな感じだったんですけど。

    「宗像くんと日下部さん」

    「宗像くんと日下部さん」

    店員S:それで約1年後の2014年5月のコミックゼノンに「空のスペルマ」という作品が掲載されております。

    やまもと:そうですね、まずバンドマンの話が描きたいっていうのが第一にあって、それで流れ流れて、「子どもが出来て大人の道を選ぶか、どうしようか?」って悩む男の話です。で、あれは自分でもビックリなんですけど一発でネーム切ってOKだったんですよ。

    「空のスペルマ」

    「空のスペルマ」

    マスター:それはなかなかないよねえ。

    やまもと:なかなかないですよ。「こんなムチャクチャでいいの?」って(担当編集者に)聞いたら、「いやこれいいよいいよ」って言われて。「奇跡だ…」と思って。

    マスター:新人さんで一発でネーム通るなんてなかなかないよねえ。むしろ新人に一言言うくらいのことが連中は仕事だと思ってるくらいだからね。

    やまもと:だから逆に自分でこれちょっとどうなのかなって思って、自分でちょっと小細工して逆にその直しみたいなことはしました。

    店員S:プロフィールを見ていて思ったんですけど、5月号で「空のスペルマ」ってのが載ってて「あいこのまーちゃん」が、連載中止決定が6月とかだったんですよね?

    やまもと:そうですそうです。実は「空のスペルマ」はゼノン5月号って書いてますけど3月の末に発売だったんですよ。で原稿自体はその前の年の12月末に仕上げてたんですよ。なので3ヶ月間は次の連載ネームに費やそうと思って描いてて、それで3月の上旬くらいに「あいこのまーちゃん」を思いついて描いて、3月末の会議に通ってそっから話がどんどん進んでいった感じです。

    マスター:で、そこからその「あいこのまーちゃん」がいろいろ問題になっていくんだね。

    やまもと:そうですね。

    =>「あいこのまーちゃん」

  • 漫画家はその人のみで漫画家にあらず! 必ず影響を与えた「誰か」がいたり、「何か」があるもの。

    「源流を探すマンガ旅」では、その漫画家が一体どんな「他の漫画家」に影響を受け、今生み出している作品にどう表現されているか、漫画家の “源流”を辿っていきます。 第3回目は高瀬志帆先生の源流を辿るとともに、これまでと少し方向性を変えて高瀬先生ご自身の作画表現や、漫画家としての活動について伺いたいと思います。

    [構成・執筆=川俣綾加]
    ▼プロフィール
    高瀬志帆
    12月21日生まれ、趣味は散歩、耳かき、音楽。『めざせ!山カゾク』(双葉社)、『この育児がすごい!!』(秋田書店)ほか作品多数、現在は『おとりよせ王子 飯田好実』(コミックゼノン)、『イケナイ家族(ファミリー)』(エレガンスイブ)を連載中。
    twitter:https://twitter.com/hoshi1221
    ▼プロフィール
    謎の漫画家・R
    画業20年目を迎えたことで後輩作家達が親分のような扱いをされているが、実際は普通の気の弱い優しいおじさんであることを言い出せずにいる。好きなものはもつ焼きとホッピー。ぼちぼち社交性はあるが、居酒屋に1人では入れない。

    この雑誌の中で自分は何を求められているのか?

    「おとりよせ王子飯田好実」第1巻

    「おとりよせ王子飯田好実」第1巻

    —R
    今日はよろしくお願いします。高瀬先生は今コミックゼノンで『おとりよせ王子 飯田好実』を連載中ですが、初めは高瀬先生がコミックゼノンで、と聞いてちょっと意外な気もしました。これまで女性向け雑誌がメインかなと思っていたので。

    —高瀬志帆先生(以下、高瀬)
    そうですね、声をかけて頂いた時は「私は何を求められているのだろう?」と立ち止まって考えました。おっしゃる通り元々は女性誌出身で、女性誌って情報量を詰め込みすぎないように描くのがセオリーなんです。そんな私に声がかかったということは、数々の濃度の高い連載作品のあるコミックゼノンの中では箸休めを求められているのかも、と考えました。

    —R
    コミックゼノンの他の連載作品って、すごく画面の密度が高いですよね。読み応えがあるというか。

    —高瀬
    青年誌は個人的に好きなんですが、全てのページで画面が濃いと読者は疲れてしまうっていうのもあります。緩急がついていたほうが良いのではないかと思ったのと、連載は東日本大震災前にスタートしたのですが、1巻が出てすぐの頃に東日本大震災があって。

    —R
    あの災害は、漫画家の考えをすごく変化させるものでした。

    —高瀬
    私もその1人で、人間関係の話など物語性も出していますがそれぞれの価値観で楽しく暮らしている人を、何も考えずに肩の力を抜いて読めるような作品があっていいんじゃないかと思い、今のような方向性になりました。

    高瀬志帆先生は自宅の一室で原稿を描いている

    高瀬志帆先生は自宅の一室で原稿を描いている

    コピック、トレース台などが置かれている

    コピック、トレース台などが置かれている

    —R
    雑誌からオフォーが来て、「なんで自分に連絡をしたのだろう」と立ち止まって考えるのは僕もあります。なかには「自分は巻頭カラーを取る!」とか「絶対1番になる」という方もいるみたいですけど。

    —高瀬
    作家性でやっているタイプでもないので(笑)、やっぱり役割とか、そういうことを考えるのも大切かなと思います。あとは、青年誌で男性ではなく私に話が来た、というのも意識しました。

    壁にはドラマ化した時のポスターも。サイン入り!

    壁にはドラマ化した時のポスターも。サイン入り!

    —R
    グルメマンガの案は高瀬先生からでしょうか? 食にもともと興味があったのでしょうか。

    —高瀬
    モデルというわけでは無いのですが編集さんがお取り寄せ大好き、というところから始まりました。私自身も子どもがいてしょっちゅう取材に出られるわけではないのでピッタリというか、正直いうと助かっています(笑)

    “淡い画面”、だが情報密度は高く

    —R
    今回、特にお聞きしたいのは『おとりよせ王子〜』の画面の濃度についてなんですよね。線が多くて黒いというわけではないのに、画面から受ける印象は「濃い」。情報量が多いことになるんですかね。それを意識的にやっているのでしょうか?

    —高瀬
    初期の頃は他の掲載作品に引っ張られて「濃くしないと」みたいな気持ちもあって、1巻だと線を引いた後に顔にトーンで影をかけたりして濃度を出したり……。でも単行本で見てみると情報量が多すぎる気がしたんです。雑誌だと浮かないんですけれど。先ほどのお話に出た「自分に仕事が来た理由」にもつながるのですが、男性と同じようなことをやってもしょうがないんじゃないかって思い至ったんです。

    —R
    なるほど。

    —高瀬
    もう一つ、初期はもう少しイラストっぽい絵柄でもいいかなと思いましたが、そうすると手癖が出やすくなるのでアシスタントさんが変わるとバランスが変化してしまうんです。そうすると私の作業量が増えてしまって、分量的に厳しくなってしまう。

    —R
    色々な検討を重ねた上での今のバランスなんですね。

    —高瀬
    単行本は女性が手に取ってくださることが多く、そこで女性誌での経験上、画面に線や情報を詰め込みすぎると良く無い、空間をきちんと作らないといけないということで、単行本のみで見た時のバランスを想定して作画しています。人物はあっさり描いて、食べ物はリアルに、濃く。そのほうがメリハリがきいていい画になる。まだ試行錯誤中ではありますが、そう考えています。

    —R
    確かに高瀬先生の描く食べ物はすごくリアルで、食欲がそそられます。刻んだネギなど細部まで描くことでおいしさが増す、ということですね。

    —高瀬
    最近特に思うのは、湯気は多めに描いたほうが臨場感が出るということですね。食べ物のツヤも写真より増やしていたり、たれていない部分にも液体をたらしたり、写真そのままではなく脚色しています。

    —R
    なるほど、湯気があるのと無いのとでは、全く違います。

    —高瀬
    やっぱり、食べるのが好きな人が描くグルメマンガってすごく美味しそうだと思うんです。新久千映先生の『ワカコ酒』なんて、もう新久先生は絶対お酒好きでしょ! みたいな。読者に伝わってしまいますから。

    —R
    今は読者もニッチになっているから、嘘をついてしまうとバレるんですよね。やらされ仕事は嘘が出る。

    —高瀬
    そういうの、ありますよね。『おとりよせ王子』は美味しいものが好きで、だからといって四六時中家をあけられるわけではなく、「おうちで色々できれば嬉しいな」という私にピッタリな作品なんだと思います。

    P3254984
    トーンを収納する棚。部屋全体や机もそうだが、どれも美しく整えられている

    トーンを収納する棚。部屋全体や机もそうだが、どれも美しく整えられている

    —R
    料理はもちろん、パッケージなども細かく描かれていますね。

    —高瀬
    細かくて大変な時は一度撮影してからトレースして、線を間引いたりなどしています。写真は撮らないと、特に女性のアシスタントさんは縦パースを取らずに入れてしまうことがあるんです。例えば遠くにあるコーヒーカップを撮影して、ただクローズアップしただけのコーヒーカップを描いてしまったり。女性誌全体がそういう傾向があるのかもしれません。

    —R
    僕もそれでアシスタントさんに描き直してもらうことがあります。車のはずがマッチ箱にタイヤついてるみたいな絵になっていることがあったりして。

    —高瀬
    青年誌はちゃんと構造、パースを考えて描かないとリアリティが出ないんです。

    —R
    パース理論がわかっている女性の漫画家さん、というのがもしかしたら画面の情報量の話につながってくるのかもしれません。曖昧にするのではなく、きちんと細部まで描き出しつつ、間引くところは間引く。

    —高瀬
    私ができているかというとまだまだですが、なるべく臨場感が出るようには意識しています。

    —R
    高瀬先生のような作画スタイルを「逃げない」という風に僕は言っていて、パースがわからないからと逃げる、曖昧に描くのではなくちゃんとパースをとって描くことで、テーブルの上にソーサーがあってその上にカップがあって、これは高瀬先生のコーヒー、こっちは僕のコーヒーと伝わる画になると思うんです。

    —高瀬
    『おとりよせ王子』でも徹夜続きのIT企業を描く時、ただパソコンがのったデスクを描くのではなく、ケーブルがちょっとゴチャついてたり栄養ドリンクが乱雑にならんでいたり……そういうディテールをパースをつけて最後まで描き切るのは大切。アシスタントさんにそういう部分をお願いすることはけっこう多いです。

    —R
    技術と根性がいい画面を生むんですね。

    【Rのふり返り】
    掲載誌における自らの作品の立ち位置を考え、画面構成、画風もシフトさせるバランス感覚が高瀬先生の表現の礎とも言えるのではないだろうか。

    (後編へ続く)

  • 「僕のおじいちゃんが変な話する!」で人気のギャグマンガ家が登場!

    こちらのインタビューは9月19日に放送された「みっつBAR」という、マンガ家のなかむらみつのり先生がBARのマスターに扮し、漫画家や漫画原作者など漫画関連の豪華ゲストをお迎えして漫画や人生についてグラスを片手に語り合うニコ生番組の中で行なわれたものです。

    無料漫画アプリ「マンガボックス」にて『僕のおじいちゃんが変な話する!』を大人気連載中の浦田カズヒロさんをお迎えして、漫画家デビューまでの道のりやデビュー後のお話、創作へのこだわりをたっぷり語っていただいています。では、さっそくどうぞ。


    (左)浦田カズヒロ先生、(右)なかむらみつのり

    (左)浦田カズヒロ先生、(右)なかむらみつのり先生

    なかむらみつのり(以下 マスター):第7回目となる今回のゲストは、漫画家の浦田カズヒロさんです。代表作は「僕のおじいちゃんが変な話する!」。今話題の無料マンガアプリ「マンガボックス」にて大人気連載中です。10月9日には第2巻が発売となる気鋭の漫画家さんです 。本日は漫画家デビューまでの道のりやデビュー後のお話、創作へのこだわりをたっぷりと語って頂きます。果たして今宵はどんな話が飛び出すやら。ということで、本日のゲストは浦田カズヒロさんです。今日はよろしくお願いします。

    浦田カズヒロ(以下 浦田):よろしくお願いします。

    佐藤秀峰(以下 店員S):アシスタントの佐藤秀峰です。主にカメラの操作や放送の裏方をしております。時々、お話にも参加させていただきますね。

    マスター:そして今日はもう一人、遊びにきてくれた方がいます。

    吉田貴司(以下 吉田):漫画家の吉田貴司です。たまたま遊びにきたら放送があると聞いたもので、横で見させていただいてます。

    マスター:どんどん(司会の技を)盗んでいってよ。では、カンパーイ!

    浦田&店員S&吉田:カンパーイ!

    マスター:まずは浦田カズヒロさんのプロフィールのご紹介です。秀ちゃん読んでいただけますか?

    店員S:はい、浦田カズヒロさんは日本のギャグ漫画家さんです。漫画アプリ「マンガボックス」にて「僕のおじいちゃんが変な話する!」を連載中の漫画家さんです。「マンガボックス」とは、講談社とDeNAが協力してやってるマンガアプリで、今とても話題になっています。浦田さんは、2009年5月第3回ヤングジャンプGAG1グランプリ大賞受賞し、2009年7月「馬男-UMAO-」をヤングジャンプに掲載。10月にも第2弾が掲載され、その後、2010年2月に「それいけ!アナルくん!!」がヤングジャンプに掲載。そして2013年に誕生したマンガボックスの第1号から「僕のおじいちゃんが変な話する!」を連載中となっております。

    「僕のおじいちゃんが変な話する!」

    「僕のおじいちゃんが変な話する!」

    マスター:はい、そんな浦田カズヒロさんです。そして、こちらは「僕のおじいちゃんが変な話する!」の単行本第1巻です。発売はいつ頃でしたでしょうか?

    浦田:今年の7月に出ました。

    マスター:これが、マンガボックスに掲載されていたものですね。そもそもマンガボックスというのはどういう形式で出されているものなのでしょうか?

    浦田:さっきもちょっと説明があったんですけど、講談社とDeNAが組んでやってる漫画アプリです。スマホとかiPadとかで読めるやつですね。何話かまで無料で読めます。

    店員S:一応 Wikipedia読みましょうか。
    「マンガボックス」(Manga Box)は、DeNAが2013年12月4日から配信しているIOS/Android用雑誌アプリ。アプリ・購読料は無料。 編集長は樹林伸。ウェブコミック誌のアプリ形態を採っている。 毎週水曜日から毎日3~5作品を更新し、1週間で全作品が更新される。 最新話の次の話がグレーアウト表示されているものの一部は「シェアして次号分を先読み」することができる。バックナンバーは基本的に、最新号を含む過去12号分が無料で読める。例外もあるそうですが、過去12号分よりも前の部分については、電子書籍、単行本として販売し、それにより収益を得ることを見込んでいるビジネスモデルだそうです。ダウンロード数は、2013年12月26日に100万、2014年1月7日に200万を突破したということで。

    浦田さん:現在はたぶん500万を超えてますね。

    マスター:すごいですね。そちらの方で連載されているということで、単行本は次がもうそろそろ出るんですよね?

    浦田:2巻が10月9日に出ます。

    マスター:すごいじゃないですか。「この2巻がもうすぐ出ますよ(放送は9/19)」ということで。放送をご覧の方で「1巻を買った」っておっしゃってる方もいますね。

    浦田:ありがとうございます。1巻も2巻もどんどん買って下さいー。

    マスター:(浦田さんのTシャツを指して)このTシャツ、さっき言った2012年にヤングジャンプに掲載された「それいけ!アナルくん!!」ですよね?

    浦田:そうです。

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    マスター:アナル漫画を描いてたんですね。

    浦田:別にアナル漫画専門に描いてたわけじゃないんですけど、これのイメージが強すぎて…。マスターからは「アナル」と呼ばれ、他の友人数人からも未だにアナルと呼ばれています。

    マスター:で、僕がアナル先生とお会いしたのは結構前なんですけど、当時、おおひなたごうさんが主催されていた「ギャグ漫画家大喜利バトル」に、2人とも出てたんですよね。

    *「ギャグ漫画家大喜利バトル」おおひなたごうの呼びかけのもと集まったギャグ漫画家たちが、観客を前に1対1でトーナメント形式の大喜利バロツを行なうライブイベント。朝倉世界一、うすた京介、喜国雅彦、しりあがり寿、田中圭一、とり・みきなど、出場メンバーには豪華漫画家が名を連ねる。2008年から開催された。

    浦田:まあ予選ですけどね。

    マスター:アレ?予選だっけ?その時に初めてお会いしてるんですけど、その時からずーっとギャグをやられているんですよね。打ち上げの時に初めて話したんじゃなかったかな?

    浦田:そうです、打ち上げでマスターに「面白かった」って言ってもらえて。

    マスター:そうそうそう、そこらへんから仲良くさせてもらってたんですけど、それからなかなか時間かかったよね、連載までに。

    浦田:ホントにかかりましたね。

    マスター:僕と出会った時には一応ヤンジャンでデビューしてましたよね?

    浦田:デビューは2009年にしていました。ヤンジャンのGAG1グランプリで大賞を受賞して、それが「馬男 -UMAO-」っていうデビュー作だったんです。ずっとヤンジャンの連載会議にネームを出し続けてて、3ヶ月か4カ月に一回くらい会議があって最初の頃は毎回のように出してたんですけど、まあことごとく落ちて、まあちょこちょこ読み切りは載ってたんですけど、なかなか連載まで行けずに3年くらいたったのかな?担当(編集者)さんと打ち合わせを繰り返してて。

    「馬男 -UMAO-」

    「馬男 -UMAO-」

    店員S:ヤンジャンでデビューされる以前にも投稿や持ち込みはされてたんですか?

    浦田:その前にずっと投稿というか、もっと遡っていうと…大学生まで遡っていいですか?大学3.4年生の頃に就活してて、なかなか受からずどうしようと思って。「そういえば俺はマンガを描きたかった!」と。小さい頃に自由帳に描いたりしてたんで。それで最初は週刊少年ジャンプに持ち込みに行ったんですよ。

    マスター:おお!いきなり行ったの?ジャンプに?いい~ねえ~!

    店員S:ギャグ漫画で持ってたんですか?

    浦田:ギャグ漫画で持って行きました。大学の4年生くらいの時に。で、これで上手くいけば就職しなくていいじゃんと思ってたんですよ。

    マスター:上手くいけば連載とってね、いわゆるサクセスストーリーですよ。いいじゃないですか。

    浦田:と思ってたんですけど、持ってったら案の定、このまんまじゃ駄目だなって自分の実力に気づいて。

    マスター:まあ気づくよね、大体そういうもんです。

    浦田:で、やっぱ就職はしなきゃいけないと。親もうるさいし。で、また就活を再開したんですけど、その時に暇そうな会社を選んだんです。マンガを描く時間がありそうな会社を選んで。で、ちょうどいいとこがあって、ホント定時くらいで上がれる会社だったんで。

    マスター:それはどんな会社だったの?

    浦田:一応デザイン関係の。

    マスター:ほおお~、でもデザイン会社でそんなにきっちり帰れる所ってあるの?

    浦田:なかなかないですよ。だからすごいラッキーだったんですよ。だいたい定時に上がれるんで、そっから夜とか土日に描いてるって感じで。まあたまにはちょっと残業もあったんですけど、基本的に暇でしたね。特に会社入って辞める直前なんかはすごい暇で、仕事がないんですよ。行ってもやることがなくて。

    マスター:その会社入ってマンガ描きながらコツコツ投稿してたんだ。

    浦田:あいかわらず持ち込みしてたんですけど、ジャンプはやっぱりハードル高そうだなと思って、次にチャンピオンに持ってったんですよ。最初に持ち込んだジャンプでは、あんまりツッコミのないギャグ漫画を持ってったんですよ。そしたら編集者に言われたのは、「読むのは子供だからツッコミがないと笑いのポイントが分からない。だからツッコミを入れなさい」って。

    マスター:ギャグの中に必ずツッコミを入れろと。

    浦田:それから僕、ちゃんとツッコミを入れるようにしているんですよ。それくらいしか言うことがなかったのかもしれませんけど。その後チャンピオンに行く直前の時期、実はいろんなとこに持って回りました。ガンガンとか、サンデーとか少年系はほとんど回って。で、その中ではガンガンが一番酷かったです。

    マスター:ガンガン言われちゃったんだ。

    浦田:……。いや、ホントなんかもう相手にしない感じの「こんなんじゃダメだよ」みたいな。「全然面白くない」みたいな。

    マスター:それもギャグ漫画?

    浦田:ギャグです。で、それと同じ物をチャンピオンに持ってたら「面白い」って言ってくれて、あ、全然違うなと思って。言うことが。

    マスター:そうそうそう、出版社によってやっぱりみんな違いますからね。えーそれで?

    浦田:そっから1年ちょっとはチャンピオンのお世話になったんですけど、そこでちっちゃい賞を1回貰ったんですよ。

    マスター:おお、すごいすごい。

    浦田:ホント1万円とか2万円の賞を1回もらっって、でいろいろ担当さんについてやりとりしているうちに、絵がちょっとまだ下手だから何とかした方がいいと言われて。「オススメの漫画専門学校があるぞ」と。

    マスター:大丈夫か、なんか胡散臭くなってきたぞ!

    浦田:某漫画専門学校があって、実はその担当さんの友達が生徒だったんですよ。

    マスター:友達が生徒?

    浦田:後々分かったことなんですけど、そのチャンピオンの担当だった人も実は漫画家志望で、ホントは描きたいけどとりあえず就職してチャンピオンの編集さんになったらしいんです。だからその繋がりがあってその学校があったと。

    マスター:それを紹介されてたわけだ。…え?それでまさか入ることになるの?

    浦田:入りました。

    店員S:ええええ…。

    マスター:どんな学校なんですか?プロの編集が薦める学校ですから。

    浦田:教えるのは…漫画家さん?あんまり…知らない漫画家さんとか、元編集とか元漫画家さんの人かな?

    マスター:まあ、でも漫画家さんから直接教えていただけると。

    浦田:でも、結局授業は途中から行かなくなっちゃって。

    マスター:行かなくなっちゃったんだ、金払ったのに。

    浦田:後半はいかなくなっちゃいましたね。仕事は普通に週5でありますし。授業より良かったのは漫画描く仲間ができたっていうのと、後は授業外でネームを見てくれるんですよ。先生たちが。卒業後もネームを見てくれたので、それはすごくタメになりましたね。だから結果的には良かったです。

    マスター:良かったのかよ!で、そこの学校で途中で辞めちゃった後に、仕事も辞めちゃうんでしょ?

    浦田:仕事を辞めるのはデビューした後なんですよ。仕事始めて4年目くらいにやっとデビューできて、その年末くらいに辞めたんですよ。デビューした後、第2弾も載って、第1弾のその馬男のアンケートがまあまあ良くて、でこれは俺ももう自分でも「イケる」と思ったんですよ。担当も「イケる」って言ってたので。編集長も面白いっていってるって聞いて。

    マスター:ありがちだよ、それ。編集長が言ってるとか、誰だれが推してるとか俺、絶対信用しねえぞそんなの!

    5

    浦田:で、てっきり「連載はほぼいけるだろう」と。だから辞めたってこともありますよね、会社を。なのに連載が決まらず、完全ニートですよ。収入ゼロで、ホント半年くらい何にも働いてなくて、でもこれじゃあいかんと。精神的にやっぱり病んでくるんですよ。ネームもうまくいかないし、金も稼いでないし。

    マスター:そうだよなあ、あれキツいんだよなあ、メンタルなあ。

    浦田:そう、飯だけ食ってホントに何にも生み出してない社会のクズじゃねーかと。

    マスター:無駄に顔だけイケメンだしなあ。

    浦田:いやいや、で、それを察した担当が、じゃアシスタントやってみる?って話になって、ヤンジャンの当時の担当に紹介してもらったんですよ。 ヤンジャンで「◯王」って漫画描いてたI◯紀◯先生っていう。

    マスター:◯王!?マジであの有名な…うわーすごいですね。それでどうだったんですか?

    浦田:いやあやっぱり全然…僕はその頃まではずっとアナログで描いてたんですけど。

    マスター:アナル?

    浦田:アナログです。で、そこが全部デジタルだったんですよ。だからまずコミスタ(コミック描画ソフトの1つ)もいじれなかったし…

    マスター:そうか先生はもうデジタルだったんだ。

    浦田:ただデザイン会社でPhotoshopは使ってたので、コミスタは先輩とかに教えてもらってやってましたね。

    マスター:じゃあそれで教えてもらって、アシスタントを一生懸命やれば逆にお金もらえるんだ。で、先生はどういう人だったんですか?

    浦田:いやホントすげーイケメンなんですよ、おじさんなんですけど。50歳くらいなんですけど、ホントに◯王に出てきそうなロン毛で茶髪でみたいな。

    マスター:へー。アシスタントは漫画家としての近道になるんですか?

    浦田:僕の場合はアナログをまったくやったことがなくて。

    マスター:え、アナル?

    店員S:もういいよ。

    浦田:先生はデジタルで、結局、今は僕は全部デジタルで描いてるんですけど、デジタルのことは全部そこで学べたんで良かったですね。コミスタも全く使えなかったのがだいたい使えるようになって。だからそういう意味では役に立ちましたね。でも未だにアナログでは何にもできないんですよ、僕は。ベタフラも描けなければ…。アナルくんまではアナログで描いてたんですけど、Gぺんなんかも、へたくそすぎて使いづらいなとは思ってたんで。「僕おじ」はオ―ルパソコンです。ヘタクソだからアナログに見えるだけで。結局、そのアシスタント先にも3年以上いて、やっぱり最初は半年1年くらいで辞めようと思ってたし、それまでに連載を決めるつもりで入ったんですけど、3年かかっちゃった。

    =>持ち込みに行くと新人担当しかつかない?
  • 伝説の雑誌「コミックボンボン」を支えた2人の漫画家が今、語る!

    toda_imaki

    コミックボンボン―、80,90年代に少年時代を過ごした者なら、一度はこの名前を耳にしたことがあるはず。そんなおっさんどもを一瞬でノスタルジーに叩き落とすコミックボンボンの黄金時代を支えた2人の作家・とだ勝之先生と今木商事先生に、今回はボンボンで連載を開始した頃から休刊に至るまでのお話をお聞きしました。また、お2人は「クラウドファンディングでマンガを描く」という共通項もあり、今木商事先生はFUNDIYにて「ブッダくん ギャグ精舎」というプロジェクトを進行中。(※2015年7月31日編集部追記:現在今木商事先生は、FUNDIYにて「帰ってきた!『ブッダくんギャグ精舎』」というプロジェクトを進行中です。)インタビュー後半ではクラウドファンディングでマンガを製作する体験についても語っていただけました。


    全然悩まない主人公が描きたい!

    まんがStyle編集部(以下M):とだ先生は月刊マガジンで「あきら翔ぶ!!」を連載中の1993年コミックボンボンで「DANDANだんく!」の連載を始められました。この同時連載に至ったきっかけを教えて下さい。(※訂正:初出時、連載開始が1989年とありましたが正しくは1993年となります。謹んでお詫び申し上げます。)

    とだ勝之先生(以下とだ):「あきら翔ぶ!!」の中で主人公のあきらが壁にぶち当たって悩む場面があるんですが、自分があまり悩まない性格だったので、うまいこと悩ませられなかったんです。

    M:困難な局面で壁を乗り越えるという、いわゆる少年マンガのセオリ―ですね。

    とだ:そうです。あきらはそれまでスーパープレイばかりやっていたので、ケガをして今までのプレイができなくなる、みたいな苦悩しか描けなくて。ちょっとウジウジ悩ませて、皆に迷惑かけてゴメン…みたい風に描いてみたものの、どうも自分で気に入らない。だったらもう、全然悩まない主人公が描きたい!と思ったのが1つ目の理由で。

    あきら翔ぶ!!

    あきら翔ぶ!!

    M:なるほど。

    とだ:それともう1つは、「あきら翔ぶ!!」が月刊マガジンの人気アンケートでなかなか上位に入れなかったんです。ただ、担当さんに小学生の中では断トツ人気だと言われて。当時の月刊マガジンのメイン層は中学3年から高校生だったので小学生って割合的には少なかったのですが、その中での人気はトップだと。だったら年齢層の合った雑誌がいいんじゃないか?ということで、月刊マガジンの編集者にボンボンの編集者を紹介して頂いて、「スーパープレイをバンバンやる全く悩まない主人公のマンガを描かせてほしい!」という話を持っていったんです。ただ、いざ始まってみると、「とだくんのマンガは年齢層が高いね!」と言われて(笑)。 ボンボンの読者層は小学校五年生くらいが一番多かったんですけど。

    M:あははは、月マガでは年齢層が低くてボンボンでは高い (笑)。

    とだ:どっちやねん!どっちもダメかい!って(笑)。

    M:(笑)では今木先生にお伺いします。もともと漫画アクションでデビューされたということですが、青年誌であるアクションから児童誌であるボンボンに移られた理由は?

    今木商事先生(以下今木):もともとマンガアクションを選んだこと自体は深く考えていなくて、当時マンガアクションって女性作家さんがいたり、普通の青年誌とは少し変わった感じの雑誌だったので、そういうところが魅力で投稿しました。その後、アクションで連載されていた国友やすゆき先生のところでアシスタントをさせて頂いたんですが、連載終了後の打ち上げパーティの席で国友先生がボンボンの編集の方と知り合いになり、「ウチに児童誌向きのヤツがいるよ」と私を紹介して下さったんです。私自身、周りからも児童誌向きの絵柄だよねと言われていましたし、児童誌にはまったく抵抗はなかったのですぐにボンボンへ行きました。

    M:なるほど。ちなみにアクションに投稿されたマンガはどんな内容だったのですか?

    今木:それはですね、アーノルドシュワルツネッガ―みたいな幼稚園の先生が活躍する話です。

    とだ:すっげえ読みたい(笑)。

    M:シュワちゃん主演でまったく同じ設定の映画がありますが(※「キンダガ―トンコップ」1991年公開)、それ以前に描かれていたんですね!

    今木:コマンド―(※1985年公開)を観てこれはすごい!と思って描いたんですよ (笑)。

    とだ:映画会社にパクられたんじゃないの(笑)?

    今木:(笑)。でも今思うとやっぱり子供向けな内容のマンガだった気もしますね。アシスタント時代も落書きなんかを見られたらよく子供っぽい絵だねって言われてました。別に自分では意識してなかったんですが。

    見事に女の子を描き上げていく今木先生(右)と驚きを隠せないとだ先生(左)

    素早く女の子を描き上げていく今木先生(右)と驚きを隠せないとだ先生(左)

    コミカライズは素材を与えられて自分流に料理する

    M:ではボンボン連載中のお話をお伺いしたいのですが、とだ先生は先ほど「だんく!」のファン年齢層が高かったと仰られていました。後に長期連載されたことを考えるとアンケート結果は良かったのではないですか?

    とだ:うーん、ボンボンでは人気アンケートを一度も気にしなかったというか、意識しないようにしてましたね。最初に年齢層が高いと言われた時点でトップクラスではないんだろうなと思って聞かないようにしていました。

    今木:私もあまり編集さんから(アンケート結果を)聞いたことはなかったですね。

    とだ:やっぱり雑誌の特性上、スポンサーがつく作品があるので必ずしも人気が反映されるわけではなくて。マンガは絶賛人気連載中でも元のオモチャが売れなかったら連載が終わっちゃうこともあるんで。

    M:その辺りの評価軸は通常のマンガ誌とは異なりますね。

    今木:でも「だんく!」のすごいところは完全オリジナルでスポンサーもいなくて、あれだけ連載が続いたということじゃないですかね。

    とだ:うーん、当時はそんなことは全く意識してなくて後々になって、あ、そうだったのかなという感じですけどね。

    今木:当時のボンボンでオリジナルが通ったということ自体がすごいことだと思いますよ。

    M:確かに当時のボンボンはタイアップ作品が多かったですものね。ちなみに今木先生は「プラモウォーズ」でガンプラとのタイアップ作品を描かれていらっしゃいますが、このタイアップは編集の方からのご提案ですか?

    今木:まさにそうですね。担当さんを紹介していただいた時はちょうどボンボンが増刊号を出そうとしていた時期で、春、夏、冬休みの増刊号ごとに大量の新人が必要だったんですよ。看板作家を2人ぐらい入れて、後は新人でまとめるというやり方はジャンプなんかでもよくやってますけど。そこで3回ぐらい読み切りを書いたんですが、ちょうどその頃プラモマンガがなくなっていたので誰かに描かせてみようという企画が上がったらしく、当時の副編集長が私のマンガを見て気に入って下さり、声をかけていただいたんです。

    プラモウォーズ

    プラモウォーズ

    M:なるほど。とだ先生はガンプラなどのタイアップ作品を提案されたことはありましたか?

    とだ:ガンプラはなかったですね。ただ「だんく!」が終わったあと、別のタイアップ企画を受けたことは2回ほどありました。1回は自転車のオモチャのタイアップマンガだったんですけど、打ち合わせしてたら編集長が来て「このオモチャ売れるの?」って。それで結局なくなりました (笑)。

    M:その一言で決まるんですね (笑) 。

    とだ:あれは特殊な例だったかもしれない(笑)。

    M:ちなみに当時のボンボンではロックマンやガンダム、ゴエモンなどのタイアップ作品がありましたが、これを手掛けてみたいという作品はありました?

    今木:私は初連載だったのでそんな余裕なかったですけど…ロックマンは3つぐらい連載してましたね。ロックマン8、ロックマンX、ロックマン4コマとか。ロックマン多いなーとは思ってましたよ。

    M:とだ先生は?

    とだ:私はボンボンの他のマンガを読まないようにしてましたね。月刊マガジンだと自分のマンガのタイプと被るものがなかったので平気でしたが、「だんく!」はギャグもいっぱい入れてたので、(他のボンボン作品を)読むとやっぱり面白いんですよ。知らぬ間に影響を受けたり、例えば面白いギャグを思いついても、「あ!これあのマンガでやってた!」ってなると発想が委縮しちゃうのでなるべく読まないようにしていました。ただ「へろへろくん」(かみやたかひろ)とかは「あ、ここまでのギャグは書けない」と思ったので安心して読めました(笑)。

    M:ボンボンのタイアップ作品といえばかなり強烈な作品が多かった印象ですが、オリジナルの改変というのはマンガ家の自由にできたのでしょうか?

    今木:どのコンテンツかにもよりますが、全体的にボンボンはかなり自由にやってましたね。

    M:案を出したらメーカーに確認取って…みたいなことは?

    今木:無かったんじゃないですかね。かなりみんな好き勝手やってましたし(笑)。

    とだ:全然違うやんっ!ていうのもありますしね(笑)。だからメーカーさんが寛容だったと思います。

    今木:当時の担当もなんせコミカライズは変えて当然でしょ、という感じだったんで。

    M:それを楽しむという。

    今木:そうですね。だからコミカライズは素材を与えられて自分流に料理する、ということが魅力なんですよね。

    =>ボンボン担当「Sさん」の思い出

  • 大物漫画家2名が帯を担当した『妹はアメリカ人!?』作者とは?

    「妹はアメリカ人!?」第2巻は絶賛発売中!

    「妹はアメリカ人!?」第2巻は絶賛発売中!

    今回の赤鮫が行く!!近藤哲也が噛み付いた相手は城谷間間先生!先日発売2巻が発売された『妹はアメリカ人!?』はAmazonなどで一時品切れ状態、comicoでは『第3艦橋より』を連載中と、現在大ブレイク中の城谷先生。以前はとある大物漫画家のアシスタントを務めておられ、『妹は~』1巻の帯にはその方のイラストとコメントが入っていたことでも話題になりました。さて、その大物漫画家とは…?

    いきなりですが、なぜ平松伸二先生のアシスタントに?
    城谷間間先生(以下、城谷)――実はたまたまだったんですよ(笑) 漫画の専門学校行ってたんですけど、そこで募集していたので行った感じなんです。

    平松先生の絵は、城谷先生の絵柄とはまったく異なると思うんですが、それは気になりませんでした?
    城谷――もう、レベルが違い過ぎてそんなことは思わなかったと言うか、思えなかったですね。平松先生の絵は凄いじゃないですか。漫画としてもダイナミックだし、それでいて写実的でもあるし。ただ写実的過ぎると嘘くさく見えるとか、細かいテクニックもたくさん教えてもらいました。平松先生には感謝してます。

    平松先生のアシスタントを務めて大変な目にあったこととはありますか?
    城谷――それがですね…、はじめて仕事に行った日にものすごいSMなのを描かされまして、入るところ間違ったかなと思ったりもしました(笑)

    平松先生に言われてショックだったこととかありましたか?
    城谷――いまでもトラウマになってることがあるんですけど、モブを描いた時に「人物のセンスねぇな」って言われて、ガーン!!とショックを受けました、それが原因で人物を上手く描けなくなった時期がありましたね。でも、平松先生のマネをしてもダメだなということが分かってきたので、違うところで勝負しないなと思いましたね。

    嬉しかったことはありますか?
    城谷――『妹はアメリカ人!?』の単行本を発売して、それを読んだ平松先生に「人物描くの上手くなったね」って言われて素直に嬉しかったですね。

    「妹はアメリカ人!?」第1巻

    「妹はアメリカ人!?」第1巻

    やっとトラウマから…
    城谷――はい、払拭されました(笑)

    アシスタントされながらどうやってデビューされたんですか?
    城谷――先輩たちがだんだんとデビューしていくのを見ていると、最初は漫画を描くつもりはなかったんですけど、自分でも描かないともったいないなと思い始めたんです。それで読み切りとかをちょこちょこ描き始めて投稿し始めたんですが、どこにも引っかからずにどうしようかなと思ってて…載せるところがないならネットで公開したらいいかなと思い、2011年頃から『妹はアメリカ人!?』をアップし始めました。

    それがブレイクして単行本化されたんですよね!でも『妹はアメリカ人!?』の設定はどこからきたんですか?
    城谷――無いものを探したんですよ。いわゆる妹ものというジャンルがあるんですが、その中で無い設定を探そうと、それでたどり着いたのがアメリカ人の妹ってないなと。

    憧れというか、いいですよね金髪のアメリカ人でしかも妹。
    城谷――ありがとうございます。でも、アメリカ人に設定したばかりに言葉の壁が出てきたんです。当初の英語と日本語で言葉が通じないというのは面白いんですけど、しんどいし面倒臭い(笑)

    あっ、そう言えばそうですね。
    城谷――漫画だからといって、最初から言葉が通じるのもおかしいし、言葉が通じない設定を引きずるとストーリーが進まないんですよ。

    しゃべれないと意思の疎通ができないですもんね。
    城谷――そうなんですよ。最初のインパクトとしては面白いんですけど、それは話が動かなくなるので前半で無理やり日本語を覚えさせました(笑)

    あともうひとつcomicoの方で連載されている『第3艦橋より』は縦にスクロールして読んでいく漫画で、見開きがつかえないなど今までの漫画と表現方法が異なりますが、そのあたりで苦労はありますか?
    城谷――いろいろ実験しながらやってる感じですね。とりあえず、近藤さんが言われたように見開きが使えないということは広い空間も表現しにくいんですよ。縦長は難しいですね。コマ割りもないようなもんなんで。でも今までの漫画では無理だった表現ができたりするので楽しくもあります。

    comicoで連載中「第3艦橋より」

    comicoで連載中「第3艦橋より」


    ビックリすると思うので、1度どんなものか『第3艦橋より』は読んでみて欲しいです。 先生が漫画を描くときのこだわりなどありましたら教えて下さい。
    城谷――漫画には意味の無いコマはないんだよって、これは平松先生から教わったんですけど、何気なく漫画読んでると空白のコマがあったりするじゃないですか、そういうのを出さないように意識して描いてますね。

    影響受けた作品はありましたか?
    城谷――いっぱいありすぎますね(笑)萩原一至先生の『バスタード』がかなり影響受けましたね、いまだに読んで教科書にしてるくらいですね。 押山雄一先生の『暴れ花組』もめちゃくちゃ読んでましたね。 轟さんが好きでした。

    城谷先生は少し前に同人も描いてたことがあると聞いたんですが?
    城谷――よくご存じですね(笑)でも、結局2回くらい描いてやめちゃったんですけど、あれっ、なんでやめちゃったんだろ?

    僕も去年末に初めてコミケにいったんですけど凄い人の多さでビックリしました。あとプロの漫画家さんが大勢参加されているのにもビックリしました。
    城谷――同人誌は好きなものを描けるから楽しいからじゃないですかね。雑誌に描くとなるとなかなか描きたい漫画が描けないので。

    師匠である平松先生は同人誌とか描いたことないですよね?
    城谷――ん~、たしか・・・。無いはずですね。好きに描いたらどんな漫画になるんだろう?あっ、今でも好きに描いてるか(笑)

    純粋にエロ漫画とかですかね。
    城谷――先生はエッチな方向に対して恥ずかしがり屋なんで、本気で自分のエロい妄想を描いてくださいって言ったら描かないかも。『どす恋ジゴロ』もキザなエロで、シリアスなエロシーンもギャグとかでごまかしちゃうので、意外とそっち方面は弱いとおもうんですよね(笑)

    平松先生のエロ漫画を見てみたいですね(笑)
    城谷――見てみたいですね(笑)

    最後に城谷先生にとって「漫画」ってなんですか?
    城谷――ひとことで言うと「エンターテイメント」ですね。いろんな漫画があると思うんですけど、楽しめる作品を描きたいなと思ってます。人生のバイブルになるような偉大な漫画もあるんですけど、もっとくだらなくてもいいとおもうんですよ。それがエンターテイメントになっているならどんな形態であってもいいと思うので。

    単行本の宣伝を『妹はアメリカ人!?』の1巻の帯は平松伸二先生、2巻はなんと寺沢武一先生のコブラが帯になってるんですよね。
    城谷――平松先生には単行本が出る、というか自分が出すなら平松先生に帯をというのがあったので、夢がかなって良かったです。寺沢先生も憧れの先生なので嬉しいですね。

    その城谷先生の絵柄と違う2大巨匠が帯に出てるのが凄く話題になってたりしてますよね。
    城谷――狙ってやったわけでは無いのですが、本当にありがたいです。

    単行本だけのお楽しみがあるんですよね。
    城谷――巻末に単行本だけのオマケ話を、1巻では裸裸裸で、2巻でもありますのでお楽しみにしてください。

    今日はありがとうございました。
    城谷――こちらこそありがとうございました。『妹はアメリカ人!?』2巻9月26日発売しましたのでよろしくお願いします。


    【関連リンク】
    城谷間間 twitter
    comico『第3艦橋より』
    赤鮫が行く!!
  • 女子高生×総合格闘技「ハナカク」

    「ハナカク」第2巻は絶賛発売中!

    「ハナカク」第2巻は絶賛発売中!


    今回の赤鮫が行く!!は「月刊ゼノン」にて『ハナカク』を連載中の松井勝法先生です。『ハナカク』はハムスター系女子高生・花夏が小春との出会いをきっかけに”総合格闘技”への道を歩み出す物語。実は作者の松井先生は総合格闘技ジム「パラエストラ東大阪」に所属しており、5月にはブラジリアン柔術の大会にも出場しています。(※ちなみにブラジリアン柔術とは柔道着のような道着を着用して、寝技での絞め技や関節技を取り合いポイントで勝敗を決める格闘技です。)

    これがブラジリアン柔術だ!

    これがブラジリアン柔術だ!


    そんな松井先生と私、近藤はなんと今回、京都にある総合格闘技ジム「MIBURO」へ出稽古に行ってまいりました。練習では、松井先生が疑問に思っている動きを質問されたり、ブラジリアン柔術のセルフディフェンス、スパーリング(練習試合)などを体験していただきました。上級者が多いジムの中でコロコロところがされて練習を楽しんでいた松井先生。練習後に赤鮫が行く!!近藤哲也が噛みついてきました。

    練習お疲れ様でした。今日はいかがでしたか?
    松井勝法先生(以下、松井)――足の使い方からなってないです。もっと精進します。

    ここからは柔術家としてではなく、漫画家としてお話伺ってもよろしいでしょうか(笑)
    松井――どうぞ(笑)

    いま『ハナカク』を連載中ですが、格闘技は『ハナカク』の為にやられてるんですか?
    松井――もちろんそれもありますが、体力作りと趣味も兼ねてます。一石三鳥です。あ、あと友達作りの場としても。四鳥ですね。

    素晴らしい(笑)格闘技をやるとやらないとでは、漫画を描く上では違いますよね?
    松井――そうですね、やっぱり実際に体験してみないとわからない部分も多いので。技一つとってもいろんなアプローチがあるんだな~と日々勉強中です。

    やっぱり格闘技漫画は難しいですか。
    松井――難しいですね。一番難しいのは格闘技が部活じゃないってとこです。制作側として気になるのが(物語の)展開するスピードなのですが、野球やサッカーなどの部活物なら大会への出場は強制的ですし、初心者の主人公がポンッと試合に入って何かの一芸で活躍する、なんて展開が可能なんです。ていうかセオリーですね。部活系のスポーツなら1話でも早く試合に入った方がいいのですが、格闘技はそれができない。

    初心者にはおいそれとできませんものね…。しかも“何でもあり”の総合格闘技。
    松井――そうなんです。かといって始めから格闘技をやってる主人公だと、読者が入れない。主人公の動機付けは必須なので、格闘技という敷居を高く感じてしまいがちなスポーツに読者を導き入れるには相当な時間がかかるわけです。しかもその間飽きさせず。

    なるほど…。しかし2巻でいよいよ主人公が試合に向かいますね。
    松井――ようやく(苦笑)

    9月20日に『ハナカク』の2巻が出たわけですが、なにかここを注目して読んで欲しい部分などありますでしょうか?
    松井――これといって特になく、自由にお好きな体勢で楽しんでいただければと思ってます。強いて挙げるなら、2巻では毒のあるキャラが出てきます。1巻では無かった要素です。“優しい漫画を描く”が震災以降ぼくの中で決めた約束なのですが、そうは言いながら毒のあるキャラがぼくの真骨頂だったりもするので(笑)

    亜季と6月25日発売号の「月刊ゼノン」で出てきたニナですね。ニナはシュートボクシングのRENA選手がモデルですよね?
    松井――違います(笑)名前が似てるし同じ立ち技選手なんで、連想される可能性も考えたのですが、RENA選手は本格派でニナはイロモンです(笑)全然違います。

    「ハナカク」第1巻表紙

    「ハナカク」第1巻表紙


    モデルにはしてないと?
    松井――ニナっていう名前は、ぼくがこの『ハナカク』を描く前にヤングジャンプの方で『渇望のニーナ』っていう読み切り(*これも女子格闘技漫画)を描いてまして、そこから来ています。一応主人公の名前だったのですが、設定を変えて再登板ってとこでしょうか。大幅に変わってますが…。

    もともと使ってた名前だったんですね(笑)
    ちなみに野原忍も読み切りで登場してます。チャンピオンとして。これも今の野原忍とは性格が少し違ってますが。

    その読み切りが気になってきました(笑)あっこれも聞こうと思ってたのですが、主要キャラクターの名前には季節が入ってますよね?
    松井――はい、花夏や小春ですね、「秋」と「冬」も2巻で出てきていますので探してやってください。ちなみにジムのメンバーは猫沢や樺島(かばしま)など名前に動物が入っています。キャ・ズー(動物園)ジムなので。

    そういえば1巻で小春の対戦相手の森色虹亜はどっから来ているんですか?
    松井――怪しいネーミングですよね(笑)あの選手です。

    う~~ん、森色虹亜、森色虹亜…、わからないです。
    松井――カタカナで考えたらわかるかもです。

    ??モリイロニジア、モリーロニジァ………、あっ!!ムリーロ・ニンジャですね(笑)
    松井――です(笑)

    会長の藤丸デリコはフジマール・フェデリコですし、三姉妹と書いてあると言うことは、マウリシオ・ショーグンとかヴァンダレイ・シウバとかも出てくる可能性があると言うことですね!
    松井――内緒です(ニヤリ)

    新しいキャラが出てくるたびに新しい楽しみが増えました!
    松井――いろんな部分で楽しんでいただければ幸いです(笑)

    2巻はまた違った意味でも楽しめそうです。。
    松井――ありがとうございます。ぼくが思う“強い”と“優しい”と“面白い”を描いてます。たくさんの読者の方たちとそれを共有したいです。

    今日はお疲れ様でした!また練習よろしくお願いします。
    松井――こちらこそまたよろしくお願いします!『ハナカク』2巻絶賛発売中ですのでよろしくお願いします。

    b

    【関連リンク】
    「ハナカク」コミックゼノン立ち読みページ
    松井勝法 twitter
    赤鮫が行く!!