投稿者別記事一覧 [admin]

  • 中島豊

    「中島豊」プロフィール


    漫画家。2011年に少年サンデー超12月号にてトリオ探偵漫画「芸術捜査班!!!」を連載開始。
    twitter:https://twitter.com/maemuki_niceguy

    続きを読む »

  • top

    今回のゲストは「8bit年代記」の作者・ゾルゲ市蔵先生と「そして船が行く」の作者・雑君保プ先生です。

    お2人はコミックを始めとするアートクラウドファンディングサイトFUNDIYにて、それぞれ続編を執筆するプロジェクトを立ち上げ、ゾルゲ先生は開始1日で30万円の目標達成、結果的に目標額の400%(!)超えの128万円の支援が集まり、雑君先生は4日で100万円の目標達成、なんと250万円の高額支援を集めました。そこでMangaStyle編集部はお2人にファンディング開始に至る経緯やその秘訣などを訊いてみました。

    ゾルゲ市蔵-プロフィール画像

    「ゾルゲ市蔵」プロフィール

    謎のゲーム冒険家。
    代表作:「超ゲーム少女ユーゲ」「8bit年代記」など。


    Twitter:https://twitter.com/zolge1
    公式ブログ:若爾蓋記
    「8bit年代記」を読む:
    絶版漫画図書館

    雑君保プ-プロフィール画像

    「雑君保プ」プロフィール

    アーケードゲーム雑誌「ゲ―メスト」でデビュー。
    頭身の低さと高さが混在するキャラ描写とシュールなギャグによるパロディを多数発表する。長編作品においてはアクションやシリアス描写も加え、作風の幅を広げている。

    代表作:「カルトクイズ100人伝」「ワールドヒーローズ2」「そして船は行く」「BUPPAなビッチーズ」など


    Twitter:https://twitter.com/zkpp
    公式ブログ:情熱ブンチキBLOG
    「そして船は行く」を読むまんが王国
    「そして船は行く」 続編描き下ろしプロジェクト:FUNDIY

    クラウドファンディングしませんか?と提案された時に、「あ、コレはひょっとしたら」って

    ――この度はクラウドファンディングのプロジェクト達成おめでとうございます。

    ゾルゲ市蔵先生&雑君保プ先生:ありがとうございます。

    ――ゾルゲ先生の「8bit年代記」に雑君保プ先生が出演していますが、そもそもお2人はお知り合いだったのですか?

    ゾルゲ市蔵先生(以下、ゾルゲ):以前に僕が新宿でチンピラに絡まれてるときに雑君先生が現れて「俺はいいから早く逃げろって」(爆笑) …マジな話をすると、私よりずっと前から雑君先生はゲーメストっていう雑誌にゲーム漫画を連載されてましたので、ゲームについて漫画を描くってことになると僕より先輩なんです。私はどっちかというとゲーム好きな普通の兄ちゃんだったので。 その後、実際に雑君先生と付き合いができて下宿に行ってみると1000ページ描いた原稿の中から連載用の400ページを選んでて。

    雑君保プ先生(以下、雑君):なんでそんなにふざけるんですか(笑)。

    ゾルゲ:いや、場を和やかにしようかなと(笑)。

    ――本当か嘘かわからないんですが…(苦笑)。

    ゾルゲ:でもそんな感じで、どっちかというとゲームについて漫画を描くことは雑君先生のほうがよっぽど先駆者であり、より本格派であり、それがファンディングの実際のお金の集まり方からも如実に現れていますよね。

    ―――実際に知り合いになられたのはゲ―メストで連載されたときですか?

    雑君:ゾルゲさんがよく花見とか飲み会とかを主催される方だったので、そこで知り合った感じですね。

    ――ゲーム制作者や漫画家さんの集まりなんですね。

    雑君:その宴会で俺が線路に落ちて、ゾルゲさんが助けにきてくれてね(爆笑)。あの時は…(以下略)

    ――え~と、雑君先生は元々ゲーメストで編集を担当されていたんですか?

    雑君:そこはあやふやで、やりたいならココに描いてみれば?とかそういうノリですね。特に自分がいた頃はそういうのが割と顕著だったんで、漫画も描くけどそのゲーム好きだからちょっと書かせてよとか。あと、読み物記事とかもちょっと書きたいんだけどって頼んだらできたってだけで、別に編集から入った訳では無いです。

    ――それでは今回のテーマであるクラウドファンディングについてですが、以前からファンディングはご存知でしたか?

    ゾルゲ:もちろん。これは是非話せたらと思うんですけど、とても興味ありました 。「Kickstarter」とかを見て、海外でクラウドファンディングって来てるみたいねと。ただ日本でするとなると、クリエーターがどう(ユーザーに)アプローチするかっていうことが実は決まってなかったんです。正直焦点が合ってなかったんですよ。だから漫画描きたいとかゲーム作りたいとか、それが場として成立してなかった。 私は一番最初、「昔の漫画を載せませんか?」って話を戴いたんですが、それ自体にはあまり乗り気ではなかったんです。でも、クラウドファンディングでしませんか?と提案された時に、「あ、コレはひょっとしたら」って思って。そこから逆に私から食いついて、ひょっとしてこんなことができるかなっていう思いがあったのは事実ですね。 正直自分のクラウドファンディングがとぉーてっも成功すると思えなかったんだけど、ご協力戴いてキチンと上手くいって。今は雑君先生が4日で100万とか?凄いですよね。

    「そして船は行く」のクラウドファンディングページ。なんと4日で100万円の支援を集めた。

    「そして船は行く」のクラウドファンディングページ。なんと4日で100万円の支援を集め、現在は260万円近くの支援が。

    雑君:僕は漫画の続きをぼちぼち描きたいなってのがあって、その方法を探っているときにクラウドファンディングっていう形があるんじゃないか、というところで調べて辿りつきました。

    ――以前からご存じだったクラウドファンディングのプロジェクトってありましたか?

    ゾルゲ:ゲームプロジェクトですよ、あれがデカい。…実はですね、漫画もゲームも日本において相当に産業が空洞化してるんです。出資者や編集さんにこんな企画をしてお金を回しましょうって話をしても、漫画もゲームもまず採算が合わない。その中でクラウドファンディングが突破口に成り得たんですよ。欲しい人にだけ売るという形でなんとか成立させていく様子をゲームのファンディングでずっと見ていたので、私も正直最初は(漫画でなく)ゲームでやることをずっと考えていました。そこに漫画っていう良いカードをもらって、今回は話が噛み合った気がしますね。

    雑君:私は、赤松健先生がやってる絶版マンガ図書館っていう電子書籍サービスがありまして、そこで昔の作品を出してもらう形でお世話になったんですけど、そこで時々「Jコミファンディング」っていうファンディングをしてたんですよ。それが目に入ってて、こういう形あるのかと。 ただこちらは過去作を出すためのファンディングなんですね。なので新作や続きを描くのは難しいって話だったので、いろいろ探していたんですが「漫画 ファンディング」で調べても2つくらいしかなくて。その1つのFUNDIYを見てたら、あのゾルゲさんがやってて、しかも「8bit年代記」の続きを描くのか!って。これはユーザーとしても「よっしゃ乗った!」って思って即サポーター登録しましたよ、安いコースですけど(笑)。

    「8bit年代記」のクラウドファンディングページ。目標の30万円に対し130万円近くの支援が集まった。

    「8bit年代記」のクラウドファンディングページ。目標の30万円に対し130万円近くの支援が集まった。

    いけるなんて蓋開けるまで一欠片も思わなかったですね。

    ――なるほど(笑)。今回、「そして船は行く」の続編を執筆される訳ですが、以前から読者の要望も多かったのですか?

    雑君:要望っていうか、本当に連載がパツンと終わって、まあ事情が入り組んでいたのもあって、それに関しての説明をほとんどしてないんですよ。なので当然読者さんは、「どうなってんだ?」と思いますよね。その声が結構俺の目につく形で届いていたので、もうめんどくせえなって思って、こういう形にしちゃえばとりあえず成功しても失敗してももう言われなくて済むだろうっていう。

    ――ユーザーに対しての意思表示のような形ですね。

    雑君:そこが大きかったですね、結構。

    ――ゾルゲ先生の「8bit年代記」も読者からの続編要望が?

    ゾルゲ:ごくたまにですけどね。ただ、私も続きは描きたかったんですけど、どっちかというとアニメの2期3期をクラウドファンディングで制作するとかあったでしょ。ああいう制作資金の回収モデルがひょっとすると漫画でもできるかもっていうのが大きくて。普通に考えると「8bit年代記」ってのはそれほど作り手としても受け取った人もそんなに簡単なタイトルじゃないんだよね。あと一つ、赤松健さんの話が出ましたけど、私も絶版マンガ図書館で(8bit年代記を)出させていただいて、そこで多少の反響があったので、じゃあクラウドファンディングに持ってこうかっていう流れもありましたね。

    雑君: Jコミでの「8bit年代記」の閲覧数は凄いっすよね。

    ゾルゲ:何をおっしゃる!そんなこと全然…あれは単純に私がお騒がせな人間だからですよ(笑)。

    ――僭越ながら、今回初めて「8bit年代記」を拝見させていただいたんですが、もの凄く面白かったです!

    ゾルゲ:やっぱり普通に考えると、あれの続きを載っけてくれる雑誌社ってないんですよ。掲載が成立することはおそらくありえない、著作権の手続きもめんどうだし。でもクラウドファンディングって読者と描き手を結ぶ形としてとってもありがたいな手段だなって今回非常に感じました。なので読者の声を感じたというよりは、読者そのものを初めて具体的に見たという方がいいかもしれない。

    ――ちなみにファンディングを始めるまでの不安はありましたか?また開始に踏み切ったきっかけは?

    雑君:いけるなんて蓋開けるまで一欠片も思わなかったですね。それで割とゾルゲさんと連絡を取り合って、助言をいただいたり…。

    ゾルゲ:私は片眉を剃り落として山に籠るぐらいの決意を持って開始に望みましたよ!

    ――大山倍達先生ばりの意気込みで (笑)。

    ゾルゲ:でもやっぱりクラウドファンディングって漫然と始めるとコケるのが山ほどあるからね。そういう意味では雑君先生が提示している、「集まった金額によってページ数が変わる」っていうのはもの凄く上手いなと。あれがあったから今回のもの凄い数字に結びついたんじゃないのかな。上手くやりやがったなコイツみたいな(笑)。で、ちょっと自分の不安の話に戻ると、本当に描けるならなんでもいいやって、私のほうがもっと討ち死に覚悟ですよ。俺の漫画ってまだ読みたい人っているのかなってそれくらい思い詰めた気持ちでやってたってのが最初にありました。

    ――確かに支援金額によってページ数が変動するプロジェクトは斬新ですね。

    雑君:要は自分の中で物語を終わらせるまで全部描くとなると、ページ数が膨大に多いんですよ。そのページ数を金額に換算して目標に設定しても、それはもう確実に成立するのは0%だろうっていう前提があり。なので達成しそうな金額を最初に設定して、まず100ページ分は描きます、その続きは金額によってもページ増えるし、でそれでも終わらなかった時には、また何か考えますみたいな感じですね。

    ゾルゲ:例えばですね、諸星大二郎先生の「西遊妖猿伝」とか三浦建太郎先生のベルセルクとか、皆続きを読みたいんだけどどうなるかわからないって漫画って、読者としてもやきもきしますよね?でも、これもファンディングで解決する気がしてて。例えばいくら集まったら続きが読めます、って先生が言ったらね、そりゃきますよ。あのページの続きを読めるならそりゃ払うよって。だから本当にこのシステムは、とっても凄い発明だと思うんです。

    ――ライフワークとして作品を描き続けたい漫画家さんにとっては理想的ですね。クラウドファンディングを始める前に心がけた点や意識した点とかはありますか?

    雑君:まず今までの「そして船は行く」を知ってもらいたいっていうのが第一にあったので、絶版マンガ図書館のほうで無料で公開してもらうって形を取りました。

    ――作品を読んでもらい、そこから支援を決めてもらうと。

    雑君:そうですね。なので最初に「そして船は行く」を出版してくれた会社にご挨拶行って(電子化の)許可を戴いて。電子書籍を読んだ人が、続きがなくて終わってるっていうところの受け皿として今回のファンディングがあるっていう流れが理想だと思ったんで、(電子書籍の)公開日をなるべくファンディングの公開と近い日にするように調整しました。


    初見の読者のためにプロロ―グ動画(なんと声優つき!)まで制作されている。

    ゾルゲ:私の方はプロジェクト支援のお返しですが、多分漫画だけだったら皆帰っちゃうと思ったんで、ゲームを付けたいと提案しましたね。あれはビックワンガムのおまけとして横にプラモが付いてますみたいな、漫画は見たくなくてもゲームはやりたいかな、という発想です。これまでのクラウドファンディングにない、「ゲームが付きます!」って発表した方が上手く行くんじゃないかな?っていう。ただこれやればやるほど首を絞める結果になったんで真似されない方がいいかと(笑)。

    ――あのゲームは作中に登場するんですよね?

    ゾルゲ:はい、今回の「SALADMAN(サラダマン)」はまさにこれから「8bit年代記」の中で描かれる、主人公が制作して挫折するという切ないゲームなんです。


    ――漫画を読みながら実際にゲームを追体験できると。

    ゾルゲ:そうですね。

    =>ゲームと一緒に育ってきた背景にはアニメがあったんだということを描きたかった

  • 10月19日に横浜市民ギャラリー(神奈川県横浜市)にて「漫画家親子対談 ヒサクニヒコ×久正人」が開催された。開館50周年を迎える横浜市民ギャラリーは、2013年まで横浜市教育文化センター内にあったが、同センターが閉館するに伴い移転。約1年半の休止期間の後、場所を新たにオープンした。

    今回の親子対談は、10月29日まで催されている横浜市民ギャラリーの開館記念展「横浜市民ギャラリークロニクル 1964-2014」の関連イベントとして行われたもの。漫画家・イラストレーターそして恐竜研究家のヒサクニヒコさん、『ジャバウォッキー』『ノブナガン』などで知られる漫画家・久正人さんを迎え、1コママンガとストーリーマンガの違いや互いの作品の振り返り、そして父・クニヒコさんと息子・正人さんによるお互いへの質問交換などを行った。聞き手はマンガナイト代表・山内康裕。

    1コママンガは風土や風俗をうつしだす

    ヒサクニヒコさんと久正人さん。このツーショットは今回だけ!?

    ヒサクニヒコさんと久正人さん。このツーショットは今回だけ!?


    会場は満席。対談企画者の一人・山内さんは、マンガファンにはなじみのない場所であることに加え事前予約制ではなかったため「どれくらい人が来るだろう」とドキドキしていたという

    会場は満席。対談企画者の一人・山内さんは、マンガファンにはなじみのない場所であることに加え事前予約制ではなかったため「どれくらい人が来るだろう」とドキドキしていたという


    同ギャラリーの3階にはヨコハマ漫画フェスティバルの作品が展示されており、当時の1コママンガをじっくり見ることができる

    同ギャラリーの3階にはヨコハマ漫画フェスティバルの作品が展示されており、当時の1コママンガをじっくり見ることができる


    4
    作家の名前を知らずとも確実に楽しめるのが今回の展示。どれも有名作家ばかりなので商品パッケージや広告でなじみのある絵ばかり

    作家の名前を知らずとも確実に楽しめるのが今回の展示。どれも有名作家ばかりなので商品パッケージや広告でなじみのある絵ばかり



    トークの最初の話題は、1978年に大通り公園完成を記念し行われた「ヨコハマ漫画フェスティバル」について。ヒサさんは柳原良平さんとともに作家陣のとりまとめ役として携わっていた。横浜に関する歴史上のテーマ、事始め、観光地、歌、現代及び未来の横浜に関する作品が展示された。

    このイベントが開かれた当時は、1コママンガがまだ身近に残っていた時代。ヒサさんによると、1コママンガは主に社会風刺や日常について取り上げた大人向けのもので、「カートゥーン」とも呼ばれていた。戦後の出版ブームのなか独自の世界を築き上げていたようだ。

    ヨコハマ漫画フェスティバルのチラシ。左側のイラストはヒサクニヒコさんのものだ

    ヨコハマ漫画フェスティバルのチラシ。左側のイラストはヒサクニヒコさんのものだ


    その1コママンガであらゆる角度から横浜を見つめる「ヨコハマ漫画フェスティバル」では、やなせたかし、赤塚不二夫、柳原良平、富永一朗など32名の俊英作家たちが参戦。ヒサさんは当時をこう振り返る。

    ヒサクニヒコ:漫画家ってみんな〆切を守らないんですよ、当時は(笑)。〆切の催促を受けて初めて描き始めるみたいな感じですね。みんな絶対に〆切を守らないだろうなと思ったので、パネルを用意しみんなを市民ギャラリーのワンフロアに集めて朝から描く。そして「描き終わったらみんなで飲みに行きましょう!」としたんです。

    現在展示されている作品40点は作家が集まってその場で描いたものだと考えると、発想の豊さに感嘆する。

    昭和41-47年の横浜市電廃止について描いた1コママンガ

    昭和41-47年の横浜市電廃止について描いた1コママンガ


    SL開通について描いたこちらは、クスッと笑えるので、ぜひ絵の細部まで見て欲しい

    SL開通について描いたこちらは、クスッと笑えるので、ぜひ絵の細部まで見て欲しい


    ヒサクニヒコ: 1コママンガはその時代の風土や風俗を描いています。だから1年経過しただけでそれが何のネタだったかわからなくなることもある。ましてや10年経つとさっぱりなこともあるんです。時事問題を即興的な絵で表現しているため後から歴史的な事件を振り返ることもできるんですが、1コママンガは単行本にもならずまともに残っていないことが多いです。現代で1コママンガで食べていけている人は30人もいないでしょう。まさに生きた化石です。

    コントラストの強い絵で目を引くように

    次に、久正人さんによるトークへ。久さんは自身が描くマンガについて「設定が普通じゃない」という。

    久さんは今年で漫画家11周年を迎える。こうして並べてみると、どれも一度目にすると忘れられなくなる絵のインパクトがある

    久さんは今年で漫画家11周年を迎える。こうして並べてみると、どれも一度目にすると忘れられなくなる絵のインパクトがある


    久正人: スポーツで青春するとか、少年の成長とか、そういうもののほうが一般的にはウケるのかもしれません。けど、なんだか描けないんですよね、家庭環境に問題があったんですかね?(笑)ひねった設定があってそこからどう物語を展開していくかを考えるんです。

    たとえば『エリア51』の場合、ある街の中に妖怪・宇宙人・神様などが存在する夢の競演ができる街を想定して話を進めている。このように、物語を形作る大枠をまずは想像してそこから細かい設定を決めていく。街ならバーもある、娼婦もきっといるはず、モンスターが住んでいるから娼婦もきっと人間の形をしていない……など、つまりは外側から埋めていく物語づくりなのだ。

    『エリア51』の1ページ。このページにはガネーシャ、宇宙人、アヌビス神、サイクロプス、ケンタウロスなどが描かれている。うしろの看板には「for HUMAN and NOT HUMAN」の文字

    『エリア51』の1ページ。このページにはガネーシャ、宇宙人、アヌビス神、サイクロプス、ケンタウロスなどが描かれている。うしろの看板には「for HUMAN and NOT HUMAN」の文字


    こちらが『ジャバウォッキー』。白黒のコントラストがより鮮明に。主線も省いて光と影だけの世界のように見える

    こちらが『ジャバウォッキー』。白黒のコントラストがより鮮明に。主線も省いて光と影だけの世界のように見える


    久正人: 作画についてはコントラストがキツい絵ですよね、我ながら(笑)。ディテールを描き込むよりは白黒ハッキリなグラフィカルな絵にして、パッと見て目を引くような絵にしようかと思って。『グレイトフルデッド』の時は絵がやぼったく見にくかったので、もっとクールで見やすい絵にしましょうと担当さんに言われて、色々と試行錯誤しているうちにコントラストの強い絵に落ち着きました。

    『ジャバウォッキー』は恐竜が絶滅することなく存在する19世紀末が舞台。歴史的な建造物や恐竜が登場することから、狙い通り白黒のコントラストをはっきりさせ陰影が映える画面にできるだろう、という判断もあったそうだ。久さんの漫画に描かれるさまざまな生き物は、現実にありそうで無い。これについても久さんは「最初にシルエットが浮かんで、そこからディテールを考えていく」という。一貫して、外殻から作り上げる漫画家なのだ。

    =>1コママンガとストーリーマンガ、違いは?
  • 対談表紙 喜国先生-国樹先生

    11月3日から9日迄、東京都吉祥寺「GALLERY KAI」にて開催される「手塚治虫の美女画展」。“手塚治虫作品のエロス”について焦点を当てたこの展示会と連動して行われる『手塚治虫の美女画展』×『MangaStyle』の特別対談の二回目のゲストは『傷だらけの天使たち』『月光の囁き』等ギャグからシリアスまで”エロ”を題材にした作品を代表作に持つ漫画家・喜国雅彦さんと、喜国夫人で同じく漫画家である国樹由香さんを迎えた鼎談形式。

    企画の発端は1999年イースト・プレス発刊の漫画雑誌『COMIC CUE volumeSIX 特集:手塚治虫REMIX』号にて、トリビュート作品として喜国さんが『アポロの歌』を、国樹さんが『手塚ワールドにおけるかわいいがいっぱい!』を寄稿、その掲載作品を見た手塚るみ子さんから是非作者のお二人に御話を伺いたいとの希望で鼎談が実現した。

    開始の前の何気無い雑談から、手塚さんと喜国さんの間にとある偶然が発覚!

    喜国) 昨日鼎談前にるみ子さんの経歴を見ていて驚いたのですが、るみ子さんが勤めていた会社で僕も同じ時期にアルバイトしていました。

    手塚) ええっ、本当ですか?

    喜国) 感慨深いです。その頃僕は手塚プロ出身の高見まこさんのところでアシスタントしながら持ち込みをしていました。そんなところで手塚先生と繋がっていたのかと感動しました。そういう想いも込めて今日はよろしくお願いします。

    -不思議な縁に導かれた様に3人の会話が始まっていった。


    “巧妙で危険”な手塚作品

    喜国) 僕は現在56歳になるんですが、アニメの『鉄腕アトム』がドンピシャ世代で、子供の頃はもちろん夢中になりました。 ショックだったのは最終回のアトムの死。でもそこをハッキリ描いていないから、幼かった僕には事情が判らない。「今のどうなったの?」って父親に聞いたら「地球を守るために死んだ」って言われて……。もうね、泣きまくりですよ。なんてひどい終わりなんだと。大好きだった手塚治虫がいっぺんで嫌いになりました。(笑) でもね、今にして思えば、あれはいい体験だったと思います。世の中いいことばかりじゃない。辛いこともある。子供心にそれを知ってしまったおかげで、その後の人生の苦しい場面を難なく乗り越えることが出来てますからね。(笑)

    漫画も読んでましたが、家が裕福ではなかったので、買ってもらえるのは誕生日とかの特別な日だけ。数冊だけ持っていた光文社のカッパコミックス版のアトムは宝物で、ボロボロになるまで読み返しました。そして、ある日気がついたんです。「アトムも自分で描けばタダだぞ」と。そこから僕の漫画家人生がスタートしたとも言えるわけです。ということで、今日から僕は堂々と”手塚チルドレン”を名乗りたいと思います。(笑)

    手塚) もともと一人遊びで絵を描き始めたんですね。

    喜国) 一人っ子で、近所に同じ年齢の友達が少なかったのが理由の一つ。もう一つはさっき言った貧乏。自分で描けばお金がかからない。紙と鉛筆があれば何時間でも夢中になれる。紙がない時は地面に木の枝で描いてました。昔は舗装道路じゃなかったですしね、…ってまるで戦後の話ですけど、当時の田舎はそんなもんでした。 今回のテーマである”セクシャル”にしても、目の前にあったのはウランちゃんだけ。まだセクシーの概念もありませんでしたが、ウランちゃんのパンチラには魅かれるものがありました。

    手塚) 現実にあんなスカート短くて、パンツが丸見えという事は無いですよね。

    喜国) 小学校4年生の時、少年ジャンプで『ハレンチ学園』が始まり、初めてエッチな気持ちで漫画を読むことになるんですが、意識下ではウランちゃんを始めとする手塚キャラでセクシャルの概念が出来ていたと思います。 例えばこのフィギュアはどうです? アトムが年上の女性からお尻にエネルギーを注入してもらってるんですが、これはM男的にはたまらないシチュエーションですよ。

    image003

    IMG_8797-300

    手塚) このフィギュアを作った人もこのポーズには別の意味を持たせていますよね。(笑)

    喜国) アトムグッズを買っていたらキリがないので、なるべく手を出さないようにしてるんですが、これだけは僕が買わなきゃと思いまして。(笑) このシーンは漫画からとられているんですけど、読んでる当時はもちろんセクシャルだとは思ってないのですが、こうやって手塚先生には長い年月をかけて潜在意識にいろいろなものを植え付けられていたというわけです。

    手塚) アトムだからまだ品があるけれど。

    喜国) 巧妙で危険です。

    手塚) 国樹さんは?

    国樹) 子供の頃見たアニメが衝撃でした。その印象が強すぎて、私は『COMIC CUE手塚治虫REMIX』号に参加させていただいた時、『三つ目がとおる』のお風呂シーンを描いたんです。同級生の和登さんに体を洗ってもらう写楽くんというシチュエーションがエロすぎると。(笑) 手塚先生はかなりきわどい絵を描かれても上品で。そういうところも憧れます。

    喜国) 男の写楽くんより女の和登さんの方が大きいという対比はM心をくすぐります。

    手塚) お母さんと息子、お姉さんと弟っていう。

    国樹) そして、手塚先生の女性キャラクターは足先が小さいですよね。あれが凄いエロティックに見えて仕方なかったです。中国の纏足(てんそく)的なセクシーさというか。不安定さと可愛らしさの同居という感じでしょうか。

    手塚) 『COMIC CUE』の中で、国樹さんが”手塚作品の可愛いシーン”を沢山取り上げてくれて、あらためて手塚の描く可愛さを知ることが出来ましたね。

    国樹) 本当に「可愛いー!」って身悶えしながら読んでいました。『COMIC CUE』では自分絵で手塚先生キャラを描いてみたものの、全く太刀打ち出来なくて。元絵が可愛すぎるんです。人間も動物も愛くるしい。

    「らびちゃん」

    「らびちゃん」


    “トラウマ”の宝庫

    手塚) 喜国さんがあの『COMIC CUE』で『アポロの歌』をトリビュートで描いてくれたじゃないですか。それまであの漫画についてなんとも思っていなかったのですが、喜国さんの作品を読んで、「あっ! そういうことなんだ」というのを改めて感じました。それまで父親の作品をエロティックだとかセクシーだとか考えなかったのに、こういう見方もあるんだと気づかされたんですよ。

    喜国) 『アポロの歌』は僕と田中圭一くんの性癖を決定づけてくれました。あ、イカン。田中圭一の名前は絶対に出さないと決めていたのについ。(笑)

    手塚) お母さんがエッチしているシーンを見ちゃうというのは相当なトラウマになるんだろうなと思って。

    喜国) 1968年に『ハレンチ学園』が始まり「少年マガジン」では劇画が始まり、70年頃は少年漫画と青年漫画の垣根が曖昧になった時期で、手塚先生の『アポロの歌』も大いなるチャレンジでした。

    手塚) 『やけっぱちのマリア』あたりの時代ですよね。

    国樹) 男の人はこんなことを考えているのかと思いました。私は手塚先生の作品をリアルタイムでも読みましたが、後追いで読んだものが多いです。大人になっていたからこそ理解出来た作品も沢山ありますね。

    喜国) 由香ちゃんが僕のアシスタントだった頃、仕事場にあった手塚全集を片っ端から読んでました。最初の印税が入った時に、高田馬場の未来堂書店でまとめて300冊買ったヤツだったんですけどね。僕はじっくり時間をかけて読んでたのに、彼女はまとめてガーッて読むんです。「ああ、勿体ない。もっとゆっくり読みなさい! 違うっ、火の鳥はそうやって読むものじゃない!!」って注意するのですが、止まらなくて。(笑)

    国樹) 喜国さんが買ったのに私が先に読了してしまって。(笑)

    喜国) 僕なんか読む順番も考えてましたよ。『ブッダ』とか『火の鳥』とか大好きな作品はとっておいて、連載が中断した作品や短編集から読んでいくんですよ。

    手塚) 300冊が一気に自宅に届いたら、その読み甲斐といったら相当なものですものね。一日一冊読んでいったとしても300日はかかりますね。(笑)

    喜国) 一日一冊なんてもったいない。一日一話ずつ。(笑)

    国樹) 私は『ブラック・ジャック』も一日で全話読んでしまいましたね。昔読んだ作品ということもありましたが、全話分を一気読みしないと気がすまない性格で。特に手塚先生の作品は面白すぎるから、本当に止めどころが判らなかったです。

    喜国) ああ、己の身体に染み込んだ貧乏性が恨めしい。

    手塚) じっくり読んでる中から、特にエロに限っているわけではないのに『COMIC CUE手塚治虫REMIX』号で『アポロの歌』を選んだというのはなんでだったんですか?

    喜国) 『COMIC CUE』のあとがきにも書きましたが、手塚治虫は僕らに夢と希望を与えてくれたと同時に悲しみや絶望も示してくれました。最初に言った”アトムの死”のように。 僕にとっての手塚作品は、やはりそちらなんです、だから僕のトラウマに焦点を当ててみようかなと。

    手塚) 手塚ファンの中には、むしろそんなどろどろした気持ち悪くなるような作品を読んで心に引っかかった人もいると思うんですよ。

    喜国) トラウマといえば『マグマ大使』にもありました。ロケット姿のマグマ大使がガロンに殴られているシーンなんですが、内蔵が飛び散っているんです。「え、マグマ大使って、ロボットじゃなかったの?」ってビックリしてね。機械だと痛みは感じないんですけど、内臓は痛い。しかも連載ではその回はカラーで、内蔵がピンクで塗られているんですよ。で、そんなとこ見たくないのに、気がつくと開いてそこだけ読み返している。あれも今考えると、セクシャルな気持ちで見ていたのかもしれません。

    手塚) ロボットという鋼鉄なイメージのあるものから内臓的な血の通ったものが出るっていうギャップが凄いですよね。アトムもロボットなんだけど人間よりやわらかそうに見える。

    「マグマ大使 ブラックガロン編」

    「マグマ大使 ブラックガロン編」


    ”可愛い”の宝庫

    喜国) 今回のテーマ”美女画”に話を戻すと、『マコとルミとチイ』の母親がいいですね。美しい上にどんな危機的状況でも笑顔でいられる性格にグッときます。

    手塚) 喜国さんはマザコンではないですか?

    喜国) 違います。僕が好きなのはあくまでも”ママ”であって、四国にいる”オカン”ではありません。”実際のオカン”と”心の中のママ”は別物です。ここは大事なところですから、ハッキリ言っておきます。『マコとルミとチイ』のママは『バカボン』のママと合わせて、僕にとっての二大ママです。

    手塚) 凄いところを指してきましたね。(笑) でもこれが描かれたのは私が中学生くらいの頃で、長電話してたシーンとか当時の実際のエピソードが色々使われてますね。漫画のネタにしようとどこかで隠れて見ていたのか。単行本で読んだ時、どこで父は見てたんだ!? と思いましたね。 長電話の相手の男の子から告白されて「ええー、ウソー」みたいな場面とか。まさか父親が見ていたとは思っていなかったので驚きましたね。丁度中学の時でした。あと母が交通事故に合ったり、近所の工場が火事になったり、結構事実が入っているんです。

    喜国) 『マコとルミとチイ』ファンの僕としては、まさかこうやって”ルミ”ご本人と会えるとは思っていませんでした。

    国樹) 手塚先生が大人の女性キャラクターを描く時、モデルはいらしたのでしょうか。

    手塚) それはありますね。あれは母なんだと思っていましたけれど、どうもそうではなさそうなんです。少年時代のやさしかった母親の面影だったり、初恋が年上の女性だったようなのでそういった部分もあるかもしれないですね。

    喜国) 男子は先生のこと好きになったり、遠足でバスガイドさんのこと好きになったりしますからね。

    手塚) 後は宝塚歌劇を見て育ったので、宝塚のお姉さんたちの凛々しく麗しくという女性像が出来ている。スタイルも理想のスタイルになってますよね。父は凄いマザコンでしたから。 年をとると少年に戻っていくのかもしれませんね。 国樹さんは女性からみて手塚キャラのエロスをどこに感じていましたか?

    国樹) 繰り返しになりますが女性の足が小さいところ。纏足的だけれど悲壮なイメージはなくて、ただひたすら可愛らしいです。 リボンの騎士のサファイアは可愛くてパンク。当時はみんながサファイアに憧れましたよね。今見ても魅力が色褪せないのだから当然。

    手塚) アトムは足が大きいんですが、女性キャラを描くと確かに小さくなりますね。 だいたい22センチくらいですよね。足を小さく描かれると色っぽく感じるんでしょうか。

    国樹) 私が学園漫画を描くと手も足も大きめになってしまいます。男性キャラならありだけれど、ヒロインは足が小さいほうが断然セクシーで可愛いのではと。でも、自分では上手く表現出来ません。

    手塚) 言われてみると少女マンガの人物は足が小さいですよね。

    国樹) 手塚先生のデフォルメが大好きなんです。すごく漫画的に描かれているのに、不自然さが全然ない。

    手塚) 男性キャラは手足の先が大きいですよね。女性キャラは頭の大きさからするとバランスが小さい。

    「ふしぎなメルモ」

    「ふしぎなメルモ」

    手塚) デフォルメはご自身の作品の絵柄に影響はあるんでしょうか?

    国樹) 自分は初連載が犬漫画だったんです。いざ自分で描いてみて、手塚先生の描かれる動物の偉大さを再認識しました。

    手塚) 今回の美女画展のテーマはエロスですけれど、次にまた展覧会を企画するとしたら“可愛い”というテーマでやりたいというのは凄くあります。

    国樹) 是非! レオのちょっとしたしぐさなんて、悶絶ものの可愛さです。

    喜国) 今なら狙ってやるんでしょうけど、手塚先生の時代は狙ってないですからね。ストーリー上必要だから描いているだけですよね。

    手塚) この時代にはまだ“可愛い”という切り口はそんなになかったから。むしろ取り上げるなら今だなと思いましたね。

    国樹) 可愛い特集で本を一冊出していただきたいです!

    =>「影響を受けた」なんて恥ずかしくて言えない